脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

山田花子と臨死体験と大宝令について

【悲報】「弱男の家には家具がない」というパワーワードがXで流行るwwwwwww | やらおん!
家なんてPCと本棚さえあればそれで充分(暴論)


 最近の気付き、現場職の人は前の仕事が終わり次第次の仕事に取り掛かるってのが常態化しすぎてて、細かい時間のアポを取るって文化がそもそもないのに気づいて目から鱗。そうか、そりゃ幹事とか仲介役やらせたら大惨事にもなるわと。

だけど愛する家族のためにカラダをはって生きている

山田花子

山田花子
 昭和四十二(1967)~平成四(1992)年。日本の漫画家。本名:高市由美。旧筆名:裏町かもめ・山田ゆうこ。実妹は漫画編集者の高市真紀*1
 自身のいじめ体験をベースに人間関係における抑圧、差別意識、疎外感をテーマにしたギャグ漫画を描いて世の中の矛盾を問い続けたが、中学2年生の時から患っていた人間不信が悪化、1992.3精神分裂病(現:統合失調症)と診断される。2ヵ月半の入院生活を経て'92.5.23退院。'92.5.24夕刻、団地11階から投身自殺。24歳没。著作に『神の悪フザケ』『嘆きの天使』『花咲ける孤独』『魂のアソコ』『からっぽの世界』『自殺直前日記』がある。 (wikipediaより修整引用)


 吉本新喜劇の名物ヒロインじゃなくて、一世を風靡した夭折の天才漫画家の方。と言っても自分は流石に世代ではないので、青春時代のまっただなかの90年代後半に神格化された彼女の姿をまた聞きで知っているだけです。先鋭的で暴力的過ぎるその才能に自身の心と体がもたずに自壊してしまった悲劇の天才ってイメージですが、それは実情に合ってるんでしょうか?なんにせよ今から振り返るとあの時代はいい意味でも悪い意味でも本気で狂ってたなあと。多感な少年期にその時代を生きてこの程度の歪みで済んでいる自分を褒めたいです。

臨死体験

臨死体験
 文字通りに言えば“臨死”、すなわち死に臨んでの体験である。英語ではNear Death Experienceと言い、日本語では訳語が「臨死体験」以外にもいくつか存在している。今までの調査を概観すると、心停止の状態から蘇生した人の4〜18%が臨死体験を報告する。現在では医学技術により、停止した心臓の拍動や呼吸をふたたび開始させることも可能になったため、心肺停止から蘇生する人の数は過去に比べて増えている。(wikipediaより修整引用)


 上述の90年代後半に知の巨人として君臨していた立花隆氏の『臨死体験』で一大ブームを巻き起こした臨死体験。御他聞に漏れず我が実家にもあったのでペラペラ流し読みした覚えがあります。つーか、その当時ノストラダムスの大予言にあてられてタナトフォビアをゴリゴリに発症していた時期なんで怖すぎてまともに読めなかった記憶が・・・。で自分自身の体験はというと、全く経験なし。全身麻酔2回に記憶障害起こすレベルの頭部外傷2回ほどやってるんで、1回位経験しててもおかしくないとは思うんですけどね。個人的に臨死体験と言われて一番印象的なのはコニー=ウィリスの『航路』です。前に感想も書いているので詳細は省略しますが、まごうことなき名著です。

大宝令+残って

大宝律令
 日本において律と令がはじめて一緒に編纂された法典。律6巻(12編か)・令11巻(28編)。
 文武天皇*2の命をうけ、刑部親王*3藤原不比等*4らが撰上。701令を施行、'02律を施行。浄御原令や浄御原令制下の律の運用のあり方を踏襲した部分が少なくなく、とりわけ選任令・考仕令といった編目名称など形式的な面でその傾向が顕著である。従来は養老律令との差違はほとんどないとされてきたが、養老令の家令職員令や宮衛令にあたる編目が独立しておらず、編目順も異なるなど、最近は両律令の違いが強調され、浄御原令から養老律令への過渡的な法典であることが明らかにされてきた。'57養老律令の施行後は、古律・古令として明法家などに参照されたが、平安時代中頃までに散逸したらしい。(『山川日本史小辞典』より引用)

残る
1、あとにとどまる。
2、取り去ったり使ったりしたあとに、なくならないである。
3、消えないであり続ける。
4、死に後れる。生き残る。
5、後世に伝わる。死後消えないである。
6、相撲で、相手の攻めを踏みこらえる。(goo辞書より修整引用)


 日本最古の法律とも言われる大宝律令。その中の行政法たる大宝令ですが、残念ながら現存していません。一部は『続日本紀』や『令集解』に引用文として残っているようですが、原典に当たる元気はなかったので省略。で肝心の内容は、自分らの頃は大宝令は養老令とほぼ同じって教わってたんですが、最近はどうも差違に関する研究も進んでるみたいですね。古代史は自分の専攻だった中世史のノウハウがほぼ通用しないのでよくわかりません。

お金も時間も自由じゃないのになんで前より幸せなんだろう

 自死を選んだ山田花子、そして死後の世界の存在を示唆する臨死体験。これらがもてはやされた90年代は本当にメメントモリの時代だったんだなあと改めて。大宝令を含む養老律令が改廃されもせず明治維新まで最高法規として残ってたような「行川の水の流れは絶えずして~」の世界観の日本においてはかなり珍しい時代だったんではないでしょうか。新時代に取り残されつつある我々旧世代としてはあんな狂った時代もあったんだよと語り継いでいきたいものです。老害扱いされない程度に。


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*1:青林工藝舎経理。父俊皓。『ガロ』の編集として蛭子能収ねこぢるを担当し、頭角を顕す。青林堂の分裂時に青林工藝舎のオープニングスタッフとして参画。代表作:「ダメだコリャ」・「ヤングメン」・「ためにならないマンガ 人間のクズ」(漫画)(丸山玉子名義)他。

*2:第42代天皇。諱:珂瑠。和風諡号:倭根子豊祖父天皇。父草壁皇子、母元明天皇。伯父の武市皇子の死を待ち、立太子後、祖母持統天皇より譲位され即位。大宝律令制定などの功を残すも夭折。

*3:太政官事。三品。父天武天皇、母宍人【木穀】媛娘。壬申の乱から父天武と行動を共にし、天武政権で重きをなすも、持統天皇には疎まれ逼塞。続く文武朝では皇族の長老格として復権大宝律令の撰進などの功を残した。

*4:右大臣。正二位。父鎌足、母与志古娘。文武天皇の擁立や大宝律令の撰進の功により権力を確立。興福寺の建立や娘宮子の入内などで藤原氏の繁栄の基盤を築いた。