脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

君がいた物語と堕落と村崎百郎について

easterEgg [イースターエッグ]
日本の労働環境が一向によくならないのは何も経営者の怠慢ばかりが原因ではないと思います。奴隷の鎖自慢も大概にしましょう。


 去年は気おくれして行かなかったけど、今年こそはコミケデビューだ、と意気込んでたら、見事に3日ともしっかりお仕事。今年の夏も何もないまま終わりそうだなー。


SRWZⅡ再世篇進捗

間違いだらけのバイブルを開いたように

何を分けあって何を捨てて

君がいた物語 - 脱積読宣言

君がいた物語
唄:See-Saw、作詞・作編曲:梶浦由記*1
OVA.hack//Liminality』第3巻オープニング主題歌。
初出:『君がいた物語/Emerald Green』(2003.1.22)
歌詞はこちら


 後期See-Sawの佳作。バラードっぽいタイトルに似合わぬアップテンポの曲調に、梶浦女史お得意の妙な合いの手も健在。全体的にFictionJunctionっぽさの漂う一曲です。代表作の「あんなに一緒だったのに」とか「君は僕に似ている」ほどのインパクトはありませんが、かなりの名曲。
 標題の歌詞は2番のAメロの最終フレーズ。「別れた二人の恋人たちが付き合っていた頃の出来事のうち、何を忘れ何を新しい人生の想い出として抱いていくのだろうか・・・」という解釈であってんでしょうか?何にせよ本編見てないんでこれ以上の詳述は避けます。

.hack// - 君がいた物語 / Emerald Green

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堕落

incl. - 脱積読宣言

堕落
1、落ちること。脱落。墜落。
2、【仏】道心を失い犯戒の心をおこすこと。仏道を修行する清浄な心を失って、俗世の人のような俗悪な考えに染まること。あるいは悪道に陥ること。
3、品行が悪くなって正しい生活ができなくなること。身を持ち崩すこと。品性が卑しくなること。また、物事が、正常で健全な状態を失うこと。
4、おちぶれること。勢いがなくなること。失敗すること。零落。
(『日本国語大辞典 第二版』より引用)

 「悪堕ち」から『堕落論』まで、厨二病から大二病までのかなり幅広い痛い子を虜にしてやまない魅惑のワード「堕落」。原義は今の「墜落」とほぼ同義だったのが、仏典で犯戒により道心を失った人を指すようになり、そこから現在の不品行な奴とか悪に手を染めた奴とかの意味に転じました。
 なお、現在の意味に近い用例は日本では鎌倉時代の早い時期に見られるのに対して、大陸では明代まで初出が下るので、日本の用例が日明貿易辺りで逆輸入された可能性も否定できません。

堕落論 (新潮文庫)

堕落論 (新潮文庫)

村崎百郎

2005春 - 脱積読宣言
2005年回想をかねて - 脱積読宣言 

村崎百郎
 昭和三十六(1961)〜平成二十二(2010)年。日本のフリーライター漫画原作者。北海道出身。出版社勤務を経て、1990年代のいわゆる悪趣味ブーム・鬼畜ブームにおいて「鬼畜ライター」として登場し、2000年代にかけて活動した。
 北海道倶知安高等学校卒業後、上京し明治大学文学部を卒業。1987出版社のペヨトル工房に勤務。雑誌『ガロ』1993年10 月号の特集「夜、因果者の夜」での漫画家の根本敬*2によるゴミ集めについてのインタビューで「村崎百郎」としてメディアに登場。この際に「工員」と名乗り、「工員風の似顔絵」つきで紹介されている*3。続けて『宝島30』1994年8月号でも根本敬の連載「根本敬の人生解毒波止場」で33歳の工員としてゴミ集めのインタビューが掲載された。'96根本敬との共著で初の単行本『電波系』を出版。初の単独著作となる『鬼畜のススメ』の著者略歴で、「'61シベリア生まれ。最終学歴は中卒。'80上京。'95すかしきった日本の文化を下品のドン底に叩き堕す」ために“鬼畜系”を名乗り、この世の腐敗に加速をかけようと「卑怯&卑劣」をモットーに日本一ゲスで下品なライター活動をはじめる」としていた。なお『鬼畜のススメ』は“鬼畜的生き方の入門書”として「楽しいゴミ漁り」のノウハウを詳細に解説している本であり、村崎が日々マンション等のゴミ集積場から持ち帰った種々のゴミを分析するさまが綴られている。そして1990年代の鬼畜ブーム・悪趣味ブームの中でライター活動を本格化させ、『危ない28号』に「世紀末鬼畜放談」と題したエッセイを連載。ミリオン出版刊の月刊誌『GON!』にも「魁・鬼畜塾」と題した連載を行った。悪趣味ブームの他のライターは記事は鬼畜だがライター本人はまともというスタンスであったが、村崎は自身も異常であるというキャラクターに則りつつ執筆活動を行っていたのが特徴であった。公の場に登場する際や書籍等に写真が掲載される際には常に頭部をすっぽりと覆う紫色の頭巾*4を被って素顔を隠していた。自称していたプロフィールについて、真偽のほどや詳細は不詳となっていたが、2001出版社ペヨトル工房回顧録『ペヨトル興亡史―ボクが出版をやめたわけ』に村崎百郎の名義で寄稿し、週1回のペヨトル工房のボランティアを経てアルバイトになり、さらに同社の社員になったことを自ら明かした。'10.7.23読者を名乗る男性に東京都練馬区羽沢の自宅で刺殺された。自ら警察に通報して逮捕された容疑者は精神病により通院中で、精神鑑定の結果、不起訴となった。(wikipediaより引用)

 ゴミ漁りのバイブル『鬼畜のススメ』と根本敬との共著『電波系』とで世紀末の鬼畜ブームに乗っかって一世を風靡した村崎百郎も、インターネットの普及によりその存在意義を失い、唐沢俊一との『社会派くんがゆく!』でド派手に迷走しておりましたが、その最期は結局狂信的ファンに刺殺されるという劇的なもの。これがもう十年早く彼が時代の寵児であった頃になされていたなら、その作風と相俟って間違いなく伝説となれたでしょうに、時の流れとは残酷なものです。
 作風は真正面からの不謹慎ネタ一本槍で深みと意外な視点に欠け、初見のインパクトこそ絶大ですが、二度読みさせるほどの力はなしというレベル。90年代に乱立した『宝島』とか『BOW』とかのノリを究極まで特化させた感じでしょうか。文章からは根の真面目さが滲み出ており、不謹慎ネタも正直作ってる感が拭えないものがありました。そんなだから、ネットの一般化により、ホンマもんのキ印とか一線を越えたマニアとかの文章が生成りで読めるようになってしまうと一切用なしになってしまったのは必然と言えるでしょう。

村崎百郎の本

村崎百郎の本

平穏はビロオドの柩みたいでこのままじゃ埋もれそう

 阪神大震災オウム事件に始まった、村崎百郎君のいた物語の90年代後半を堕落の時代と呼ぶならば、リーマンショック東日本大震災に始まったこの2010年代前半は何と呼ばれるのでしょうか。崩壊の時代?それとも新生の時代?多分きっとそれを決めるのは我ら今を生きる者の頑張り次第でしょう。願わくは、この時代が後世の人にとってパクスジャポニカへのターニングポイントとして語られる時代となりますように。

Noblerot

Noblerot

帰ってきた今日の一行知識

ゴミ漁りは持ち帰りをしない限り基本合法
ゴミは当日の朝に出しましょう

*1:スペースクラフト所属。代表作:『魔法少女まどか☆マギカ』、『舞-HiME』、『NOIR』(音楽)他。

*2:代表作:、『花ひらく家庭天国』、『人生解毒波止場』、『果因果因果因』他。

*3:ペヨトル工房勤務だから「工員」にしたとのこと

*4:目のところに穴が開いている