脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『平城京遷都〜女帝・皇后と「ヤマトの時代」』

キョロ速 桜宮生徒に対する嫌がらせ加速中。街で罵声、バス乗車拒否。橋下効果
若気の至り、にしちゃあちと度が過ぎるかな?小さなコミュニティで奇習悪習を墨守することもできなくなるんだから、ネットってのは怖いですね。


 社内保育所担当になってから早2年。道行く見知らぬ赤ちゃんについ声かけたくなるおばちゃん達の気持ちが少し分かり始めた自分が嫌だ。


SRWOGⅡ進捗

  • 2周目第40話「蒼炎の逆鱗」龍虎王復活。トップエース:テツヤ=オノデラ@ハガネ。

平城京遷都―女帝・皇后と「ヤマトの時代」 (中公新書)

平城京遷都―女帝・皇后と「ヤマトの時代」 (中公新書)

平城京平城京名前だけは知っている

平城京
 古代都城の一つ。〈へいぜいきょう〉とも。奈良盆地北端、奈良山の南の地に位置し、和銅三(710)年元明天皇*1藤原京から遷都。天平十二('40)年から天平十七('45)年まで聖武天皇*2が一時恭仁京難波京等に移るが、延暦三(784)年桓武天皇*3長岡京に遷都するまでの都城
 中ツ道を東京極、下ツ道を朱雀大路として京域を設定、中央北端に平城宮がある。朱雀大路を中心に左右京とも南北9条、東西4坊であるが、左京の五条以北は七坊まで張出す(近代以降、外京と仮称)。また八条に東市・西市があり、南北に堀河が流れる(西堀河は秋篠川)。京内寺院の位置は藤原京のそれをほぼ踏襲する。平安時代初めまで京としての位置づけが続く。(『岩波日本史辞典』より引用)

 崇峻天皇暗殺から長岡京遷都まで、推古・斉明・持統・元明・元正・光明・称徳の7人の女帝*4を中心に奈良盆地で政権が営まれた「ヤマトの時代」を設定しようというのがコンセプト。平城京遷都の話が出てくるのが全体の3分の2過ぎた辺りって時点でタイトル詐欺の匂いがぷんぷん。ってゆーか、2008年刊の奥付を見るまでもなく、平城遷都1300年事業のおこぼれを貰おうとした著者と、ブームをあてこんだ編集者の思惑の一致が丸わかりです。
 そんな下種な根性で作られた本が面白い訳もなし。私が古代史素人なの差っ引いても、目新しくもわかりやすくもない凡書と言い切ってもいいと思います。だから大河ドラマとかの一過性のブームは迷惑なんだ。

来て見て知って遊んじゃおう

 個人的には奈良時代の知識は高校の授業と井沢元彦氏の著書どまりなのであまりうかつなことは言えませんが、未だ元気な皇族連と、大正義の道を驀進し始めた藤原氏との意地の張り合いの面白いいい時代だと思います。日記とかの同時代文献資料がまともに残ってないぶん空想の翼を広げやすいですしね。以上、元中世史専攻からのやっかみでした。

平城遷都1300年 記念CD せんとくんとめぐる奈良の旅

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帰って来た今日の一行知識

JR湖西線の「大津京駅」の名前に歴史的根拠はない
近江大津宮があったのは間違いないんですが、それを大津「京」と呼んでしまっていいかは議論が多いってゆーか、ぶっちゃけ「ふかしこいてんじゃねーよ」ってのが学会の大勢。鉄道関係者の皆さん適当な駅名による地名の破壊は厳に慎みましょう。

*1:第43代天皇。諱は阿閇。父天智天皇、母蘇我姪娘。子に元正天皇文武天皇・吉備内親王。夫草壁天皇の夭折に伴い、息子の軽皇子即位までの中継として即位。在位中に風土記編纂や古事記完成、平城遷都などの事跡をのこした。

*2:第45代天皇。諱は首。父文武天皇、母藤原宮子。在位中、長屋王の変天然痘大流行、藤原広嗣の乱など多難に見舞われ、遷都を繰り返す。晩年は仏法に帰依し、東大寺の大仏造立などに尽力した。

*3:第50代天皇。諱は山部。父光仁天皇、母高野新笠藤原百川らに擁立され即位。長岡京に遷都するも藤原種継暗殺事件や早良親王の祟りなどにより、平安京に再遷都。他にも、内には律令制の再編成、外には蝦夷征討などを行い、皇統交替の正当性の証明に尽力し、平安時代の幕を開いた。

*4:光明は藤原氏出身の人身初の皇后で天皇ではありませんが