脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『まだ見ぬ冬の悲しみも』

 気づけばこのブログも放置されてからはや二週間になろうとしています。これというのも、文章の完成度を高め自身の発言に責任を持つために推敲に推敲を重ねているからであり無限の迷宮を彷徨う旅人の如く数多の平行宇宙を流離い唯一無二の真実を表すにふさわしい単語を探し薄皮を一枚一枚貼り付けていくようにイディオムを紡ぎ一文を織り上げるその作業のクォリティを保つ為には凡百のブロガーの如く日記形式でその場で思いついただけの思考の断片を垂れ流すという破廉恥なまねはできないと、ごめんなさいただサボってただけです。反省してます。しかし謝罪はしますが賠償は(以下略)

 とまれ、珍しくやる気と時間とネタがトリニティで光臨なされたので、頑張って更新します。2005年回顧シリーズに飽きたもとい、目線を変えるために、山本弘『まだ見ぬ冬の悲しみも』早川書房(2006)の感想です。
 これは以前*1も感想を書いた山本弘氏の最新SF短編集ですが、前作『審判の日』に比べると、ライトノベル臭の強い短編が多いので、SF苦手って人も読みやすいんじゃないでしょうか。例によってあたりハズレは激しいですし、物理学の専門用語やSF的ジャーゴンオタッキーなくすぐりも頻出しますが、理解を諦めれば意外とすんなり読めます。前も言った気がしますが、読み手を置いてけぼりにしながらも、十分な面白さを保つ文章力は驚嘆の一語に尽きます。いつか私の文章もこのレベルに達したいものです。では以下ネタバレ注意

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

奥歯のスイッチを入れろ

 どんな体になっても、私たちはあなたを嫌いになったりはしないわ。あなたが人の心を持っている限り
 加速装置を持つ戦闘用サイボーグ同士の戦いを描いた一篇。400倍に引き伸ばされた時間の中での超人同士の戦いが、非現実的なまでにリアルに描写されています。小難しい思想も哲学もない清く正しいB級SFの鑑みたいな作品。20年近くもラノベの最前線に立ち続けた作者の確かな力量を感じさせます。ただし、主人公の正義感や恋愛感の独白は陳腐で青臭くて聞けたもんじゃありませんので、ご注意を。

バイオシップ・ハンター

 屈辱だ!我々は架空の存在のために働いたりはしない!
 異文化交流もの。ジャーゴンと専門用語の羅列と作者の主張。*2が鬱陶しいですが、文章・構成ともに力があり、さしてストレスもなく読み進められます。丁度一番感想の書きづらいレベルの佳作。

メデューサの呪文

 血と五角形にあんな関係があったなんて!
 本短編集で一番のお気に入り。超越者とコンタクトしてもなお狂気に陥らずに済んだ詩人の報告書。最後の落ちに至るまでのテクニカルな構成が見事です。人が自身の理解できない高次の概念・思考に触れた際の描写が狂ってて素敵です。中途半端にネタバレするのももったいないんで、是非自身でご確認下さい。

まだ見ぬ冬の悲しみも

 過ぎ去りし夏の喜びも
 まだ見ぬ冬の悲しみも
 時の碑に等しく刻まれ
 永遠に摩滅することはない
 過去への時間遡行が可能になった世界。人類初のタイムトラベラーの見た世界とは。表題作の割にはパンチの弱い作品。タイトルが詩的だったので抜擢されたんでしょうが、上記の「メデューサの呪文」に比べると、どうしても一枚落ちる気がします。最後のオチに頼りすぎてて、中途の描写が散漫なのが残念です。個性的な割りに感情移入しづらい登場人物にも問題ありか。ただ時間は未来だけでなく過去にも無数に分岐しているというギミックは秀逸です。

シュレディンガーのチョコパフェ

 遊園地のコーヒーカップのとこで待ってるよ
 上と逆で魅力的な主人公たちに平凡な展開。前の短編集にも似たギミックとモチーフを用いた作品*3がありますが、好きなんですかね。悪役が平凡で淡白すぎて役不足です。ギミックの説明と作者の願望惚気満載のデートシーンを削って因果律の乱れた世界の狂気の描写を増やした方がよろしかったんじゃなかろうかと。誰もあなたにラブシーンは期待してませんし。

闇からの衝動

 ウェイブにジャイアし、ギンブルし
シャンブロウ』で有名なC.L.ムーアを主人公にした作品。彼女の描くおぞましくも美しい淫靡な怪物の源泉を探す物語。正直ハズレ。怪物描写もありきたりで、展開も淡白。実在の人物を主人公にした短編というアイデアと思い入れだけが先行した感じ。

まとめ

 全般的に臭いのを除けば、非常に読みやすく力のある短編ぞろいだったと思います。SF冬の時代と言われてはや30年になろうかとしていますが、氏にはラノベでの経験を生かし、間口の広い分かりやすくも重厚な少しSukoshi Fushigiな物語を書き続けて欲しいものです。

今日の一行知識

 「パフェの語源は仏語のパルフェで、英語のパーフェクトと同じ意味」by裕美子「シュレディンガーのチョコパフェ」より
 作者いわく唐沢俊一しか喜ばないようなトリビアと言うことですが、ここにも喜ぶ人間がいます。意外とこの一行知識って探すの面倒なんですよね。

*1:必滅の世界で僕等は何の為に生きている - 脱積読宣言

*2:「人は何事も自分の意思で物事を決定すべきだ。神や独裁者・恋人などに依存し決定責任を放棄してはいけない。」理想主義的に過ぎはするが興味深いモチーフなのは分かりますが、この人の作品の三分の一位はこの主張が前面に出てくるので、流石に食傷気味です。

*3:「闇が落ちる前に、もう一度」この世界は混沌の海に浮かぶ泡に似た偶然秩序が保たれた世界に過ぎず、世界の崩壊が間近に迫っていると知った主人公が愛を叫ぶ