原田失格童夢玉砕と目を覆わんばかりの惨状で幕を開けたトリノですが、一昨年のアテネで浮かれきった国民感情に冷や水をぶっ掛ける非常な現実で、この後に控える2つのWCの結果が今から思いやられます。そんな時こそ温故知新の心がけを忘れず、謙虚に世界に学ぶ心を幕末の人々に学びましょう。一度腰を屈めてからでないと次の飛躍は願えないのです。
と言うわけで、浅田次郎祭を勝手にやってたら新刊がでてました。なのでついでに紹介しちゃいたいと思います。上での能書きの通り260年続いた安定社会の崩壊し行く斜陽の時代に、古臭い旧道徳を捨てきれずにもがき滅んでいった侍達の悲喜劇を纏めた短編集です。先見の明を持たず時代に淘汰された愚かで間抜けな旧人類のみっともなくかっこいい生き様を過不足なく紹介するには私の筆力では不足でしょうが、魅力の一端でも伝えることができれば幸いです。それでは以下ネタバレ注意。
- 作者: 浅田次郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/02/01
- メディア: 単行本
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
夜明け前
「お腹召しませ」
二十五年も連れ添うたがゆえに申し上げまする。お腹召しませ。
表題作だけあって一番出来がいいんじゃないでしょうか。婿の不始末のせいで家の存続と自身の命を天秤にかける羽目になった又兵衛。会う人皆に「お腹召しませ」と迫られる彼の決断は如何に。人の命のかかったこの騒動がちっとも暗くなくむしろコミカルに書き上げられております。この作者絶対感動モノなんかより喜劇の方が上手いと思うんだけどなぁ。世間一般の評価は当てにならんもんです。
「大手三之御門御与力様失踪事件顛末」
しかしのう、神隠しかよ
蟻の這い出す隙間もないはずの御百人組詰所から忽然と消え去った横山四郎次郎。彼は何故、どうやってその姿を眩ませることが出来たのか。
とかけば三文ミステリーを想像させますが、主眼を手段でなく動機に置いたことで、べたべたとはいえしっかり読ませる感動短編に仕上げています。前言撤回やっぱこの人は感動モノの名手です。
「安芸守様御難事」
もはや、その英主とやらになるほかはなかった。
数奇な運命で望外の出世を遂げ広島藩藩主になってしまった浅野茂勲。わけも分からぬまま練習を重ねさせられる得体の知れぬ「斜籠」の儀式の正体とは。
オチが弱いのは非常に残念ですが。40Pそこそこの短編でいともあっさりキャラを立てる力量には嫉妬します。ぶっちゃけ茂勲萌えです。頑張れ青年藩主。
「女敵討」
こんな晩くらい、夜泣きのひとつもしとくれよ。薄情者か、おまえ
半年のはずが気づけば二年を越えた単身赴任。いけ好かない友人から故郷に残した妻の不貞を聞かされた貞次郎の決断は。
いかにも昼ドラにありそうなべたべたどろどろのプロットでこの読後感の爽やかさはなんでしょう。40Pそこそこの短編で登場人物ほぼ全員に感情移入させる作者の力量(以下略)
「江戸残念考」
残念無念と言い飽き申した。しまいにひとこえ叫んで、もうこれきりにいたしますまいか
鳥羽伏見での慶喜の醜態が報じられ、残念無念が時候の挨拶がわりになってしまった江戸。そんな沈滞したムードを打ち破る為に次郎左のとった行動とは。
ネタ晴らしをすると『憑神』とほぼ同一のラストです。発表時期から考えて、これを元に長編に昇華させたのでしょう。内容は試作品なりの完成度と満足度。とはいえ最後の主人公の啖呵は非常にかっこいいです。男が残念を叫んでいいのは今わの際だけ、そんな生き方できたらいいなぁ。
「御鷹狩」
わたくしに残された本分は孝悌の道のみにございますれば
新政府に江戸を乗っ取られ、旧御家人家の若侍は夜鷹狩でその鬱屈した行き場のない感情を爆発させる。
浅田作品の終盤は読む価値なし。短編集でまでお約束を守らなくていいのに。話の軸線はぶれまくりでオチもしょぼい。何より主人公三人組に鐚一文感情移入できないのが最悪です。当たり外れがあるのはしょうがないにせよよりによってこれを最後にしなくともと言うのが正直な感想です。途中で読むの止められたら叶わんので出来のいい順番に並べるという編集思想は分かりますが、律儀に全部読みきった読者のことも考えて欲しいです。
一人では遠い夜明けを
各作品紹介でも触れましたが、40Pできちんとキャラをたて、起承転結を付け、重厚な読後感を残す。「短編の浅田」の二つ名は伊達ではありません。長編では難の残る構成力も短編では計算しつくされた神業を思わせ、登場人物も作者の贔屓の引き倒しで聖人君子にされてしまう前に、愛すべきヘタレのままで退場して行き、読者にその後の彼らの活躍を妄想する余地を残します。『壬生義士伝』でちょっといいかも思った人は是非一読を進めます。浅田文学の神髄ここにありと推薦できます。
ケータイを使いこなしブログまで持つ我々は父母から見れば立派な理解の出来ない新人類でしょう。そして30年後人生の終わりを考える頃にはきっと我々も理解も共感もできぬアンファンテリブル達に脅かされ旧弊と鼻で嗤われるでしょう。そんな時僕らは彼らのようにこれが俺の生き方と胸を張って言えるでしょうか。死ぬときは理解のあるいい爺さんではなく、救いがたい頑固爺のままでありたいものです。
今日の一行知識
切腹の正式な作法は腹を十文字に掻っ捌いたあと、余力があれば咽喉をついてお仕舞い。
死者に鞭打つのは本意ではありませんが、エイチ・エス証券の野口さんどうせハラキリするならもう少し正確にやりましょう。
HEART OF SWORD/IMITATION CRIME
- アーティスト: T.M.Revolution,井上秋緒,浅倉大介
- 出版社/メーカー: アンティノスレコード
- 発売日: 1996/11/11
- メディア: CD
- クリック: 11回
- この商品を含むブログ (25件) を見る