脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『輪違屋糸里』

 世の中空前のブログブーム。だからというわけではないでしょうが、十年来の友人がブログを始めました。以前は京都の着倒れを地で行く洒落者だったのですが、近年頓に我々と同じ本の魔力の泥濘に足を取られた因業者への進行が進んでいます。今回の新設もその現れでしょうか。とまれ、若くして世の中の酸いも甘いも噛み締めた聡明な好青年なので、うちよりよっぽど読みやすくためになる頭のいい文章を書くでしょうから、推薦しておきます。うちを蔑ろにしない程度のご贔屓をお願いします。ちなみにキーワードは「ちんちん」だそうです。ほんとに頭いいんだろうか、こいつは。
行友樸堂 日々雑感と書と篆刻


 さて始まる企画があれば終わる企画もあるわけで、好評の「浅田次郎新選組小説傑作選」シリーズも第二回の今回を持ちまして、グランフィナーレを迎えることができます。これも皆様の応援のおかげと感謝仕切りでございます。末節を汚さぬよう褌を締めなおしてかかりたいと思います。それでは以下ネタバレ注意。

輪違屋糸里 上

輪違屋糸里 上

輪違屋糸里 下

輪違屋糸里 下

さあ皆さんご一緒に

 さあこの小説ですが、浅田氏の最近の長編にしては珍しく、非常にスタンダードな構造をしており、時間軸が前後したり主観が錯綜することもなく、主人公糸里の視点で淡々と物語は進みます。前作壬生義士伝に比べると新しさはないものの、小説の完成度としてはこちらの方が高い、万人に進められる佳作だと思います。ただ、下手に破綻なく無難にまとまってる所為で、いつまでも記憶に残り続ける歪な魅力に欠けてしまっているのは否めません。決して代表作にはなりえないその作家のファンだけしか知らない通好みの隠れた名作といった位置付けになるのでしょうか。

 作品は「東の吉原西の島原」と並び称された京都の公営風俗街島原*1の老舗輪違屋の天神糸里を主人公として語られます。壬生の屯所に程近かったせいで、新選組ごろつきどもの溜まり場と化してしまった超高級娼館で太夫上がりを間近に控えた少女の目から見た「本当の」新選組とは。
 時期的には芹沢暗殺直前に当たっており、悪役として定着してしまった感のある芹沢鴨の意外な魅力を余さず書ききっています。その分近藤土方辺りは非常に割を食った形となっており、特に土方は主人公の恋人という特等席にいながら小悪党街道まっしぐら、しかも影薄いという散々な有様で涙を誘います。壬生義士伝でも印象の薄いことをかんがみるに多分作者は彼が嫌いなのでしょう。打って変わって一〜三番隊隊長共は脇役の本分を忘れ男の魅力全開で前に前に出てきます。元から個性の強い沖田斉藤は作者の掣肘も聞かず舞台狭しと大暴れし、今回作者の愛を一身に受けた感のある永倉は天然っぷりを存分に発揮し新たなファン層の開拓に余念がありません。
 今回の主題「女たちから見た新選組」の成否を担う女性陣も、新選組の肩書きの時点である程度の魅力は保証されているシード組の男共に負けじと大輪の華を咲かせます。特に芹沢の愛人お梅の江戸前の根性座った生き方や、平山五郎の愛人で糸里の先輩吉栄の、自分を鮮やかに越えて出世していく妹の様に可愛がった後輩に向ける諦観の混じった優しい視線の魅力は、100年近くの長きをかけて醸成されてきた新選組と並んでも決して見劣りするものではありません。嗚呼、やっぱり気の強いしっかり者のお姉さんはいいなあ、と、クソ生意気なリアル妹のせいで昨今流行の妹萌えに無縁な私は思うのでしたまる

懲りずに皆さんご一緒に

 褒めてばかりの感想になってしまいましたが、浅田氏の長編特有の構成の甘さは否定できず、下巻に入った直後くらいで予定調和への帰結が見え見えになってしまいどうしても間延びした感じを受けてしまいます。とはいえ喪われた「芸者」文化を色鮮やかに再現しており、安易な新選組萌えに終わっていない辺りが作者の力量を証明しています。
 賛否はあるでしょうが、キリスト教倫理にへつらいこの偉大な文化の根を絶やしてしまったことは、日本人の大いなる損失でしょう。

今日の一行知識

島原の太夫の位は正五位*2
京都と言う場所の特性上、上級貴族はおろか天皇の相手すらするための処置。と言うことですが、キリスト教的道徳では決して説明のつかない日本の性道徳の特殊性を示す好例でしょう。

煌神羅刹

煌神羅刹

*1:京都在住の人にわかりやすくいうと現在誠の湯がある辺り。

*2:官位相当で言えば各省の大輔(次官)、衛門督(長官)が該当。同時代の有名人で言えば松平春嶽正五位下大蔵大輔でほぼ同格。