ヤングなでしこ日韓戦で旭日旗没収 係員と客の言い合い動画アップも (J-CASTニュース)[12/08/31] | スポ根まとめ
事なかれ主義で下手に藪つつくからこうなるのに。今後日韓戦だけ旭日旗が大量に持ち込まれることになるんでしょうね。
先日思わせぶりに書いたことのうち片方があっさり笑い話になりましたので紹介。
一年越しの片想い実らせて彼女ができました。半月立たずに振られました。
以上。俺の夏を返せ。
SRWZⅡ再世篇進捗
- 作者: 森茂暁
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 2007/08/17
- メディア: 単行本
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誰かが気まぐれに作り上げた交差点
南北朝の内乱
南北朝時代、半世紀以上に亘った全国的内乱。
以下の4期に時期区分される。第1期は1331後醍醐天皇*1の倒幕挙兵に始まり、建武政権を経て'35足利尊氏*2の叛乱、'36後醍醐の吉野への逃亡まで。第2期は後醍醐諸皇子の各地への派遣と軍事的抵抗、特に関・大宝城の陥落によって北畠親房*3の東国での抗戦が敗北に終わった'43まで。第3期は高師直*4と足利直義*5の対立から尊氏・直義兄弟の対立に進み、全国武士を二分して戦われた観応の擾乱と、その余波がほぼ鎮まると共に将軍足利義詮*6が死んだ'67まで。第4期は一門の守護大名細川頼之*7に補佐された足利義満*8が登場し、なお分裂抗争する各地の国人領主・守護大名の統合を進め、同時に荘園勢力を抑え込み、遂に南朝の解消に成功した'92まで。
内乱は皇位をめぐる両統の権力闘争に止まらず、政治・社会・経済の諸分野に大変動を齎した。第1は、内乱を通じ北朝・公家寺社勢力も大きく後退を強いられ、内乱後の幕府全盛期には事実上の将軍単独王権が成立したこと。第2に、守護が管国内部の国人領主の家臣化を進め、一国段銭徴収や所領紛争に対し裁判権公使など、軍事権に止まらず土地支配や民事的裁判にまで権限を拡大し、守護大名乃至は守護領国制と呼ばれる体制を発展させたこと。第3に、公家寺社勢力の基盤であった荘園が守護・国人等によって押領あるいは請負という形で蚕食され、同時に農民の年貢減免・夫役拒否の動きも強まり、荘園の解体が進行したこと。第4に動乱の中で物流・商業活動や貨幣流通が活発となり、それと表裏の関係で田楽・猿楽・連歌など民衆性の強い地方文化が展開し始めたこと、などが主要な特徴である。(『岩波日本史辞典』より引用)
正中の変から南北朝合一までのいわゆる南北朝時代を丁寧に解説した概説書。戦争の日本史といいつつ同時代の政治史になっているのは他巻と一緒。一般に南北朝の動乱といわれる鎌倉幕府滅亡から後醍醐天皇崩御に至るまでの華々しい戦乱期の描写は多少ならず淡白ですが、その分観応の擾乱から正平の一統を経て義満将軍就任に至るまでの太平記後半部分の複雑怪奇な集合離散を分かりやすく纏めてあるのは見事。あの意味不明な時代を物語として読めるレベルで整理できている本に初めて出会った気がします。
以上、専門分野直撃なジャンルなので、このレベルの概説書を面白く読めてるようでは本当はいかんのでしょうが、娯楽としても楽しめるレベルの良書でした。10年のブランクを経て自分のレベルも大学一般教養クラスに落ちてるんだなーとちょっぴりしょんぼりしたのは内緒だ。
よく似てるけどすこし違うそんな世界が
『戦国BASARA』に『織田信奈の野望』と最早畸形しか言いようのない進化の方向性しか残されてないほどに掘り尽された戦国時代の鉱脈。しかし、嘆くことはありません。日本史にはまだまだ偉大な英雄譚の鉱脈が数多残されています。この南北朝時代などはその典型でしょう。朴訥でお人よしながらも鬼神のごとき強さを誇る兄尊氏に怜悧冷徹の策士な弟直義の足利兄弟に、対するは歴代最凶の自我を誇る魔神後醍醐帝、線の細くプライドの高いライバル貴公子新田義貞、古今無双の英雄楠木正成。脇にはべる端役もバサラの元祖佐々木道誉に夭折の美男子北畠顕家と名優揃い。うまく料理すれば、戦国幕末に勝るとも劣らぬ最上の物語が描けるはずです。戦前教育を受けたじいちゃんたちと今一度一緒に太平記に燃えれる日々が来たら楽しいとは思いませんか。
帰って来た今日の一行知識
三種の神器でオリジナルが現存しているのは勾玉だけ
鏡は平安時代に火災で焼失、剣は壇ノ浦の戦いで水没とのこと。しかし逆に言えば、レプリカも1000年近く前の奴なのか。日本人の物持ちの良さは異常です。
*1:第96代天皇。諱は尊治。父後宇多帝、母談天門院。天皇権威の復活を志向し親政を実施し、正中の変・元弘の変により倒幕を企てるも失敗隠岐に配流。しかし、その行動は全国の反北条氏の機運を掻き立て遂に政権を奪取。建武の親政を行うも公家偏重の政策が武家の反感を買い、足利尊氏の反乱を招き吉野に逃亡客死。
*2:室町初代将軍。権大納言。父貞氏、母上杉清子。旧名:高氏。執権赤橋守時の義弟として幕内で累進するも、後醍醐天皇の挙兵に呼応し反乱。六波羅探題を陥落させるなど倒幕の原動力となった。建武の新政での武家冷遇により武家政権再興を志向し後醍醐天皇を逐い室町幕府を開闢。建武式目制定などで新政権の基盤を固めようとするも弟直義との対立から観応の擾乱を招いた。
*3:大納言。正二位。父師重、母藤原隆重女。後宇多・後醍醐両帝に仕え世良親王の養育係となるも早逝に伴い出家。建武の新政に伴い政界復帰。新政瓦解後は各地を転戦するも敵わず吉野へ合流、南朝の指導的地位に就いた。代表作:『神皇正統記』・『職原抄』
*4:室町幕府初代執事。武蔵守。父師重。足利尊氏の側近として建武の新政および室町幕府の立ち上げにおいて活躍。石津・四条畷の両合戦の勝利でその声望は頂点に達し、以前より確執のあった足利直義を一時は失脚させるも、南朝と和睦した直義の反撃に遭い打出浜の戦いに敗死。
*5:室町幕府副将軍。左兵衛督。父貞氏、母上杉清子。旧名:高国→忠義。兄尊氏の側近として活躍。室町幕府開設後は政務全般を取り仕切るも、高師直との対立から失脚。南朝に降って高師直を逐い復権なるも、正平の一統により再度失脚後謀殺。
*6:室町2代将軍。権大納言。父尊氏、母赤橋登子。父尊氏に従い室町幕府建設や観応の擾乱に奔走。征夷大将軍就任後は各地に残る南朝勢力の牽制や幕制の確立などに努めた。
*7:室町幕府2代管領。相模守。父頼春、母黒沢禅尼。管領として幼君義満の補佐を勤めるも康暦の政変で失脚。斯波義将の失脚により復権し宿老として重きをなした。
*8:室町3代将軍。太政大臣。父義詮、母紀良子。南北朝の合一や応永の乱の制圧により幕府権力の確立に成功し、勘合貿易などで経済基盤も安定し北山文化を花開かせた。晩年は明からの日本国王冊封や准三后就任により公武を越えた絶対権力の樹立を目指すも志半ばに病死。