痛いニュース(ノ∀`) : 【独自】『スーパー戦隊シリーズ』が50年の歴史に幕、後継番組はテレ朝“オハコ”の刑事モノ設定の特撮ヒーローに! - ライブドアブログ
おもちゃetcの売り上げ地を這ってましたしむしろ50周年までよく耐えてくれたというべきかと。色々な思い出と名作をありがとうございました。ちなみに自分はカクレンジャーとデカレンジャーとゲキレンジャーとキラメイジャーが好きです。
現在の事務所は休憩所名目で借りてた物件を社宅として開放してものを接収したもので、新しい社宅に移るまで職員の私物が転がってるんですが、その中にオカメインコが混じってたりします。憂鬱な事務仕事の合間にふと目をやると長閑に羽づくろいをする小鳥の姿が・・・ってのはなかなかに癒されます。引っ越しまであと半月なんですが、この子置いてってくれねえかなあ。
他是人民的大救星
文化大革命
正しくはプロレタリア文化大革命。
最初は文化面での思想闘争的色彩をもち、1965末以来「海瑞罷官」を書いた歴史家の呉晗*1、劇作家の田漢*2、「三家村礼記」を書いた鄧拓*3・呉晗・廖沫沙*4の三家村グループなどが反社会主義分子として批判された。しかし'66.6以後、政治闘争・階級闘争としてのプロレタリア文化大革命と規定され、党・政府・軍隊など各部門における「資本主義の道を歩む反革命修正主義分子」を打倒する闘争へと発展した。以後、逃走は一段と激化し、革命の嵐は各部門に波及、各地に紅衛兵が出現し、街には大字報がはんらんした。しかし、'67.1以後、打倒すべき対象を劉少奇*5国家主席や鄧小平*6党総書記らの「資本主義の道を歩むひとにぎりの実権派」にしぼることによって事態の収拾がはかられた。その後、林彪事件など多くの曲折をへて、失脚していた幹部の復活がしだいに進み、毛沢東*7の死後はじめて開かれた'77.8党十一全大会において、文化大革命に関する実質的な終結宣言がなされた。文化大革命の提起した問題は多岐にわたるが、なかでも注目すべき点は、➀社会主義社会になっても資本主義の復活を企図するものがあるかぎり、普段の革命を必要とするという連続革命の理論がうち出されたこと、②中国では毛沢東思想をマルクス=レーニン主義の新たな発展と呼び、ソ連共産党を修正主義、さらには社会帝国主義と非難するようになり、共産主義運動の基本路線をめぐる対立へと発展したこと、の二つである。(『新編東洋史辞典』より引用)
文化大革命のお勉強をと思いまして、日本人のバイアスかかりまくりの本を読んでも意味ないなと思いましたので、中国人(香港在住の方)の本を読んでみました。2段組み350頁のハードカバー上下巻は読みごたえ超抜群。この一冊を読めば文化大革命の事は大づかみできるんでは。ただ文章は無茶苦茶硬派で、中国人作者の悪癖の人名と固有名詞をとにかく羅列する癖でと読みづらいのは間違いないので覚悟して読んでください。恐ろしいのはこんなに読みづらい硬派な文章からでも伝わってくる、革命の熱に踊らされた若者たちの集団狂気と、老いてなお権力に妄執する毛沢東の老醜と、「愛人」が権力持つとどうなるかを体現する江青のヒステリックと、混乱に乗じて権勢を貪る有象無象共にと百花繚乱の悪役たちの無道ぶり。非核を誓いを破ろうが、本土を屍山血河と化そうが、何があっても中共の軍門に下ってはならぬと心から決意させてくれます。小泉進次郎が「覚醒」するくらいには緊迫の度を増す台湾情勢。覚悟を決める為にも必読の一冊と言えるのではないでしょうか。
東方紅,太陽昇,中国出了個毛沢東
片言隻句の失言や、過去のどうでもいい過ちをフレームアップしての糾弾大会に、見事なダブルスタンダードと、今のマスコミが何を成功体験にしているかがよく分かった読書体験となりました。あいつら自覚的にかどうかは別として間違いなく文化大革命の再現を狙ってる。第四の権力が三権を超越し人民を蹂躙する未来を招かぬようにしっかりと監視しないといけませんね。
*1:北京市副市長。浙江省金華府義烏県の人。胡適に師事し、精華大学で明史の教授となる。中国民主同盟に加入し、中華人民共和国成立後は北京市副市長などの要職を務める。自身の書いた京劇戯曲『海瑞罷官』が姚文元により指弾され文化大革命の端緒となった。運動の高揚に伴い逮捕され獄死。代表作:『海瑞罷官』(京劇戯曲)、『朱元璋伝』・『読史箚記』(論文)他。
*2:南国社初代代表。湖南省長沙の人。代表作:「義勇軍進行曲」(作詞)、『白蛇伝』(京劇)他。
*3:人民日報社長。福建省閩侯の人。共産党に入党し、晋察冀解放区でジャーナリスト兼活動家として活躍。中華人民共和国成立後は、人民日報の総編集や北京市党委員会文教書記などの要職を歴任するも、文化大革命により横死。代表作:『燕山夜話』(随筆)、『毛沢東選集』(編纂)他。
*4:家権。江蘇省の人。代表作:『餘燼集』・『鹿馬伝』・『紙上談兵録』他。
*5:中華人民共和国第2代国家主席。湖南省寧郷県の人。中国社会主義青年団に入団し東方勤労者共産大学に留学。帰国後共産党中央委員として活躍し、遵義会議により毛沢東派に参画。北方局書記として盧溝橋事件を主導するなどの功を挙げ毛沢東に次ぐNo.2に累進。大躍進政策の失敗により毛沢東が失脚すると国家主席に就任し市場主義を取り入れた調整経済政策を推進するも、文化大革命により失脚横死。
*6:中国共産党中央軍事委員会第3代主席。四川省広安県。フランスとソ連に留学し、帰国後ゲリラ活動に従事。転戦の後毛沢東の江西ソビエトに合流。国共内戦の淮海戦役・揚子江渡河作戦などで戦功を挙げ累進。総書記として反右派闘争を指揮した。大躍進政策失敗後は劉少奇に接近し経済の立て直しを図るも文化大革命により失脚。周恩来の後援により復権するも第一次天安門事件に連座し再度失脚。毛沢東死後再度復権し華国鋒とポスト毛沢東の座を争い勝利。実質的な最高指導者となると改革開放路線や一人っ子政策を推進し中国の近代化を実現。第二次天安門事件の弾圧により国際的に非難が高まると江沢民にその地位を禅譲した。
*7:中華人民共和国初代国家主席。父貽昌、母文素勤。第一次国共合作下で共産党と国民党の架け橋として活躍。上海クーデター後の第一次国共内戦では中華ソビエト共和国臨時中央政府の主席となるもソビエト留学組に押され失脚。江西ソビエト崩壊後は長征を行い、遵義会議により共産党の実権を掌握。日中戦争・第二次国共内戦を勝ち抜き中華人民共和国を建国。大躍進政策の失敗により失脚するも文化大革命により復権。中華民国を国連から逐い、中華人民共和国を国連常任理事国へと押し上げた。
