/);`ω´)<国家総動員報 : 石破茂「衆議院解散(秒読み段階」高市早苗「応援依頼殺到!(120か所超える」日本「反石破勢力の旗頭(重要」高市陣営「全国を飛び回り党内基盤固める(党員人気No1」→
自民の反転アンチの憎しみを全て石破に集め媚中派議員と共に滅びるイシバレクイエムが発動中なのだと信じましょう。
先日来の体調不良ですが、実は手足口病だったことが発覚。子供もいないのにどこで拾って来たんだろう?で手足はともかく口の中がズタズタでまともにモノが食べられないんですが、色々試した結果、パスタだとかなり楽に食べられることが判明。これから口内炎出来た時の参考にしようッと。
僕らをめぐる世界は姿を見せないで昨日と違う真実を押し付けるだけ
朽木昌綱
寛延三(1750)~享和二(1802)年。江戸後期の大名・蘭学者。朽木綱貞*1の次男、兄朽木鋪綱*2の養嗣子。幼名:斧次郎、通称:左門、号:龍橋。
丹波国福知山藩主。1780従五位下隠岐守に叙任され、'87襲封。画を好み花鳥山水を描き、また古銭収集と研究につとめ、図録・著書を撰した。大名唯一の蘭学者として、杉田玄白*3・大槻玄沢*4・チッチング*5らと交わり、世界地理研究でも知られた。また茶道を松平治郷(不昧)*6に学び、鈴木宗得・有馬涼竹らの門人があった。(『コンサイス日本人名事典 第5版』より引用)
朽木氏とはまたマイナーなところをってことでウキウキして読み始めましたが、その感想を一言で表すと、「出版社にコネのあるお大尽の旦那芸」。バブル期に大流行りした歴史上の人物に仮託したビジネス本も末期になってここまでマイナーな人物引っ張り出したかって感慨はあるんですが、こっちは歴史書として読もうとしてたんだから怒りが収まりません。「昌綱はきっとこういったはず」とかの史学としての禁忌の上でタップダンス踊ってるは、「現代の〇〇を見れば昌綱はこう言うだろう」とかできの悪いお人形遊びを魅せられるはで怒髪天。歴戦の記者上がりのフリージャーナリストらしく、文章だけは読みやすいのがまた腹が立つ。ティチングとの親交を通した海外での知名度とか、朽木家の両統迭立な家督継承とかメチャメチャ面白そうな話題だけ提示されて全然深掘りされないのが実に歯がゆかったので、今度はきちんと真面目な研究者の本を読もうと思います。
教訓:ジャンルはキチンと調べてから読みましょう。
目の前にある現実の手触りだけは確かなものに僕が変えて見せるきっと
ボロッカスにけなしましたが、まだ知識も足りず体系的な学問のロジックも知らなかった中高時代に地元の図書館で貪り読んだのはこの類の歴史系ビジネス本。ラノベが自分の小説脳を鍛えてくれたように、読み捨てのビジネス本が自分の歴史脳を鍛えてくれたんだとしたら足を向けては寝れません。つーか、そう考えるとビジネス本で歴史系が流行ってる頃に青春遅れてよかったな自分。もし今生まれてたらスピリチュアルや陰謀論に傾倒してたんでしょうか。くわばらくわばら。
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*1:丹波福知山藩第6代藩主。出羽守。父朽木迪綱、養父朽木稙治→朽木玄綱。父迪綱の早逝により藩主稙治の嫡子となるも病弱を理由に廃嫡されるも、代わりに藩主となった玄綱に反発する一派に擁立され藩主就任。狩野典信師事するなど画才には恵まれたものの政治的には功績を残せなかった。
*2:丹波福知山藩第7代藩主。伊予守。父朽木玄綱、母お咲、養父朽木綱貞。藩校創設の基礎を築き上げるなど積極的な藩政改革を志向するも志半ばに病死。
*3:若狭小浜藩医。父甫仙、母蓬田玄孝女。代表作:『解体新書』(訳)、『蘭学事始』・『形影夜話』(著作)他。
*4:茂質。陸奥仙台藩医。父玄梁。代表作:『蘭学階梯』・『蔫録』(著作)、『重訂解体新書』(改訂)他。
*5:Isaac Titsingh。オランダ東インド会社総督。日本のオランダ商館長、駐清オランダ大使などの要職を歴任し、東インド会社総督に就任。現地の文化風俗を尊重する態度は各国との文化交流に大きく貢献した。代表作:『ティチング日本風俗図誌』(著作)他。
*6:出雲松江藩第10代藩主。左近衛権少将。父宗衍、母歌木。朝日茂保を登用し藩政改革に着手、治水工事や殖産興業により財政再建に成功するも、晩年には茶道への傾倒により藩政を傾けた。茶人としても著名。

