脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

花山薫と長浜城歴史博物館と石田三成について

カオスちゃんねる : 【朗報】ワイ大学生一年生、めっちゃ頭の良さそうな本棚を完成させてしまう
人の家行くとまず一番最初に本棚を探してしまうのですが、最近そもそも本棚自体ない家多くて切ない


 願い空しく、弊施設にインフルエンザが蔓延。あー外回りできる職種で良かったなあ(現実逃避)


DQⅦ進捗

  • ダーマ南東旅の宿でラッキーパネル堪能中。主人公の肩書:「りょうしのむすこ」

なんかへんな気持ちもいやんなちゃって生まれ変わる

グラップラー+花山+オス

哀 believe - 脱積読宣言

グラップラー刃牙
 板垣恵介*1による日本の格闘漫画。『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に連載された。OVA化、TVアニメ化されている。続編として『バキ』、『範馬刃牙』、『刃牙道』、『バキ道』がある。外伝作品として、『バキ外伝 疵面-スカーフェイス-』『バキ外伝 創面』(原作:板垣恵介、作画:山内雪奈生*2)『バキ外伝 拳刃』(原作・構成:板垣恵介、原作協力:浦秀光*3、作画:宮谷拳豪*4)などがある。シリーズ発行部数は2018年時点で累計6500万部。
 地下闘技場の最年少チャンピオン範馬刃牙*5と、刃牙の父で地上最強の生物と謳われる範馬勇次郎*6を中心とし、様々な格闘家との闘いが織り成す長編格闘ドラマ。通常の格闘技の試合のみならず、色々な条件下での死闘が数多く描かれており、本作の持つ「『地上最強』は誰か?『地上最強』とは何か?」のテーマに深みを持たせている。作者は本作を「闘いのテレクラだ!!」と称した。登場するほとんどの格闘家は「地上最強」を目指して闘い続けているが、主人公の刃牙だけはあくまで勇次郎を超えることのみを目標としており「地上最強」を目指してはいない。これは作者も途中で気づいて驚いたとのこと。多くの描写を割いて相当の強者と演出されたキャラクターをあっさり負けさせる意外性、大ゴマや見開きを多用し迫力を持たせた構図、叫び声や悲鳴を表すセリフの最後に「ッ」、「ッッ」といった文字を使用するのが特徴。(wikipediaより修整引用)

花山薫
 板垣恵介の漫画作品『グラップラー刃牙』シリーズに登場する架空の人物。『バキ外伝 -疵面 スカーフェイス-』、『バキ外伝 創面』では主人公を務める。
 五代目藤木組系暴力団花山組二代目組長。初代組長であった父親の花山景三が抗争で早世したため、15歳にして花山組の二代目組長に就任した。非武装・非鍛錬の美学を持つ素手喧嘩の天才で、「日本一の喧嘩師」として全国のヤクザ・不良から畏敬の念を受けている。本編の主人公である範馬刃牙とは死闘を経て以後、固い友情で結ばれた。
 普段は白のスーツに鰐皮靴、縁なしの眼鏡を着用。主な特徴は外伝のサブタイトルにもある、顔に大きく走った斬り傷痕と、背中に彫られている釣鐘を背負った男の刺青。この絵柄は花山家の先祖の恩人であり、代々“漢の鑑”として言い伝えられている、名も無き博徒を描いた「侠客立ち」と言われるものである。その刺青は縦横に背を切り刻む刀創で歪んでいるが、「傷のない侠客立ちは侠客立ちではない」という信念から、自ら父の仇である抗争相手の組に単身で乗り込み殲滅させた際に、傷をつけさせたもの。
 無口であまり喋らず、感情を表に出すことは少ない。さらには暴力団組長という肩書きや、顔の傷や鋭い目つきなどの風貌のために威圧的にも見られるが、素の花山は優しく、面倒見の良い性格。義侠心にも厚く、基本的に一般人には手を出さない。癌で寝たきりになった母親を見舞いに行くなど愛情深い面もある。幼年編においては、出会い頭に北沢を恫喝し、ユリー*7の前に突如現れて腕を破壊するなど、暴力的な振る舞いが強調されていたが、シリーズが進むにつれてこのような描写は減っていった。
 作者の板垣は、格闘技をテーマとするにあたり避けては通れない題材である、「ヤクザによる理不尽な暴力」を象徴するキャラクターとして登場させたと語る。
cv.中田雅之*8(『グラップラー刃牙』)、江口拓也*9(『バキ』)、くまいもとこ*10(少年時代)。
初登場:初登場:『グラップラー刃牙』第82話「闇に棲む者・花山薫」(漫画)、『グラップラー刃牙』第2話「蠢く者たち」(アニメ)
戦績*11


 雌雄異体の生物で、雄性配偶子を生じる個体。
 雄は符号♂で表す。動物では一般に精巣をもち精子を生じ、植物では精子や小配偶子を形成する。(『生物事典 四訂版』より引用)


 みんな大好き花山薫。読者人気と作者の偏愛を受けて2作ものスピンオフを持つ押しも押されぬスーパーヒーロー。最近では獅子などに喩えられ、「強者はわざわざ鍛えない」と野生の雄的なアプローチの多い彼ですが、登場当初は「喧嘩師」・「最強ヤクザ」としてのアプローチばかりで「オス」的な言及はありません。最強トーナメント編に入るとようやく対戦相手の稲城文之信や愚地克巳との対比から武VS暴力がクローズアップされついに下記の発言に繋がります。

  • 愚地克巳「強くなるための努力自体を女々しい行為と断ずる強烈な度!」*12

意外なことに『グラップラー刃牙』内で花山関連でオス(雄・牡・♂)絡みの言及されるのはここだけで、初期の頃は「技量に頼らない純粋な暴力」というキャラクターが確立しきってなかったことがうかがえます。
 個人的には現在の「鍛えることは卑怯」の美学に神格化された彼より、単純にヤクザ=強い・怖いの具現化だった頃の初期のキャラの方が好きだなあ。

長浜城歴史博物館

あなたの声だけがこの胸を震わす - 脱積読宣言

長浜城歴史博物館
 1573琵琶湖の北東部3郡(坂田・浅井・伊香)の領主となった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉*13)は、'74頃からの築城と城下町形成を契機に、今浜の地を「長浜」と改称した。秀吉が建てた長浜城は4人の城主を迎えるも、一度廃城となってしまう。しかし、1983「秀吉さんの長浜城を建てよう」という市民の熱い思いによって再興される。これが天正期の城郭様式を模した3層5階建ての「昭和の長浜城」であり、現在、歴史博物館として市民に愛されている。
 展示室は2階と3階に分かれており、期間ごとに特別展や企画展が開催される2階展示室では、さまざまなテーマに沿って湖北・長浜ゆかりの資料が登場する。現在と過去の長浜とを比較しながら、移りゆく歴史の流れを感じることができる。長浜には、教科書に登場する歴史的な事象の実際の舞台があるが、そのエッセンスを身近に感じることもできるだろう。
 3階展示室では、常設展示として「秀吉と長浜」をメインテーマに、秀吉や浅井長政*14石田三成といった長浜と関わりの深い人物達の、足跡や人物像にフォーカスする。また、理解の手助けとなるよう、長浜城築城の様子を示したジオラマや、秀吉、おね*15、長政のモンタージュボイスが聞ける 「過去からのメッセージ」コーナーなども設置されている。
 5階はパノラマ展望台として、琵琶湖の景観や戦国史の表舞台となった地域を一望でき、眼下に広がる景色から、過去にこの地で起きた色々な出来事に思いを馳せることもできる。(滋賀県博物館協会HPより引用)


 帰省の途上に寄り道をして立ち寄ってみました長浜城歴史博物館。どっかの古本屋で図録手に入れてから地味に気になってたんですよねえ。では以下小旅行記番外編。
 艱難辛苦のその果てに辿り着きましたはJR長浜駅。そこから徒歩5分のところにそびえる長浜城内が博物館となっております。展示自体は特筆すべきところの少ないよくある博物館。ただ関東と違って流石に近畿圏は出てくる名前が全部ビッグネーム。『信長の野望』やってれば聞いたことくらいのある名前ばかりで、関東民からは羨ましい限り。とは言え、城郭活用型博物館の最大の見所はやはり最上階からの展望。西と南に琵琶湖、東に伊吹山、北に広大な近江盆地の拡がる大パノラマは圧巻の一言。中途半端に京阪神都市圏に近いせいか地味に林立する高層マンションが実につや消しなのを除けば満点の絶景。正直何時間でも何回でも見たくなる風景でした。
 以上、まとめ。何で京都に住んでた時に小旅行企画やらなかったんだろう(後悔)。
 

湖北の観音―信仰文化の底流をさぐる

湖北の観音―信仰文化の底流をさぐる

石田三成+肖像

メロスのように〜LONELY WAY〜 - 脱積読宣言

石田三成
 永禄三(1560)〜慶長五(1600)年。織豊時代の武将。近江坂田郡石田村生れ。隠岐守正継*16の子。幼名は左吉、初名は三也。
 豊臣秀吉*17に才能を認められて近侍したが、その正確な年次は不詳。1577頃奏者に取りたてられ、秀吉の機密にも参画した。'85従五位下治部少輔に叙任。秀吉の中国征伐、山崎の戦い賤ヶ岳の戦いなどで軍功をあらわすが、その本領はむしろ文治官僚としての手腕にあり、訴訟の処理、財政運営、太閤検地などに貢献し、豊臣政権の奉行のトップの地位を占めた。九州征伐小田原征伐朝鮮出兵でも、兵站輸送、占領政策の立案・実施などに才幹を発揮。'95関白豊臣秀次*18の旧領近江佐和山一八万石を領した。秀吉没後、豊臣政権を守るため、徳川家康*19と対抗。大谷吉継*20安国寺恵瓊*21らの協力を得て協力を得て反家康戦線を組織したが、1600.9関ヶ原の決戦に敗れ、京都の六条河原で処刑された。(『新潮日本人名辞典』より引用)

肖像
 特定の人物の容貌・姿態などをうつしとった絵・写真・彫刻。似すがた(『広辞苑 第五版』より引用)


 石田三成の肖像で有名なのと言えばこちら↓

大徳寺所蔵の肖像画で、絵姿からも陰険そうな性格が伝わってきます。美化されるのが前提の肖像画でこの有様ってことは、実物はドンだけ酷かったんでしょうか。福島正則加藤清正の気持ちがなんだか分かった気がします。昨今再評価の機運も著しく、人相性格ともに美化されがちな彼ですが、実際はどんな人物だったんでしょうね。

石田三成伝

石田三成伝

きっと今日は素晴らしい

Reborn グラップラー刃牙エンディングテーマ

Reborn グラップラー刃牙エンディングテーマ

帰ってきた今日の一行知識

頑張れば全人類は琵琶湖の中に詰め込める
昆虫との比較の時も思いましたが、ヒトのバイオマスって意外と大したことないんですね。

*1:代表作:『謝男 シャーマン -』・『メイキャッパー』(漫画)、『餓狼伝』(作画)他。

*2:代表作:『バキ外伝 創面』他

*3:いたがきぐみチーフ・アシスタント。代表作:『バキ外伝 創面』他。

*4:代表作:「秘境ハンター」(漫画)他。

*5:地下闘技場チャンピオン。父勇次郎、母朱沢江珠。朱沢グループのバックアップを受けた英才教育と範馬の血により、若干17歳にして東京ドーム地下闘技場のチャンピオンとして君臨。父勇次郎を超える為、今日もまだ見ぬ強者達と戦い続ける。

*6:父勇太郎。傭兵として様々な戦争に介入し、各国首脳などから一国の軍隊に匹敵する制御不能の暴力としてマークされる。その圧倒的実力と唯我独尊な自我から地上最強の生物と認識されている。

*7:チャコフスキー。プロボクシング世界Jr.ウェルター級チャンピオン。ヂギールの末裔を自称するモンゴル系ロシア人。ジュニアウェルター級ながらもパウンドフォーパウンドの名を恣にし、ヂキール族の最強を証明せんとヘヴィー級に挑戦するも、花山薫の襲撃に遭い引退。

*8:代表作:オデロ=ヘンリーク(『機動戦士Vガンダム』)・ログナー=ブリッツレーブレット(『ワイルドアームズ クロスファイア』)(声優)、パパ(『カウ&チキン』)(吹替)他。

*9:81プロデュース所属。代表作:アセム=アスノ(『機動戦士ガンダムAGE』)、雨宮太陽(『イナズマイレブンGO』)、堂下浩次(『中間管理録トネガワ』)他。

*10:81プロデュース所属。代表作:李小狼(『カードキャプターさくら』)、ノシシ(『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』)、ユウナ(『スティッチ!』)他。

*11:本編のみ

*12:第28巻111P1コマ目第244話「花山薫に捧げる技」

*13:関白。太政大臣。父木下弥右衛門、母大政所、養父竹阿弥→近衛前久。信長に見出され墨俣築城や美濃衆調略・小谷城攻略などで頭角を顕し、織田四天王の一人として累進。本能寺の変後、山崎の戦い清洲会議賤ヶ岳の戦い・小牧長久手の戦いなどを経て信長後継の座を確保。関白に就任し天下人として全国統一に成功。次いで唐入りを目指し文禄慶長の役を起こすも志半ばに病死。

*14:近江の戦国大名備前守。父久政、母小野殿。旧名:賢政。観音寺騒動に乗じ六角氏より再独立。織田信長と同盟を結び、近江全域を支配するに至るも、信長の朝倉征伐の際、旧臣らの反対により断交し、信長包囲網に参加。姉川の戦いでの敗北などで頽勢に至り、小谷城の戦いで敗死滅亡。

*15:高台院豊臣秀吉正室。父杉原定利、母朝日殿。秀吉の愛妻として彼の覇業を支えるも、側室淀殿との確執が豊臣家の崩壊を招いた。

*16:佐和山城々代。隠岐守。父石田為広。子の三成の累進に伴い、自身も近江三万石の領主となる。三成の親族衆筆頭として彼を支えるも、関ヶ原の戦い後に留守を守っていた佐和山城を攻められ敗死。

*17:関白。太政大臣。父木下弥右衛門、母朝日姫、養父竹阿弥→近衛前久。信長に寵愛され、織田四天王の一人として累進。本能寺の変後、山崎の戦い賤ヶ岳の戦い小牧・長久手の戦いを経て、信長後継の座を確立し、豊臣政権を樹立、天下統一に成功した。側近の秀長・千利休を失ってからは耄碌が目立つようになり、朝鮮出兵や秀次事件などで政権の求心力を動揺させ、幼き秀頼の将来を憂いつつ病死。

*18:関白。正二位。父三好吉房、母日秀、養父宮部継潤→三好康長→豊臣秀吉。旧名:信吉。四国の名族三好氏の名跡を継ぎ、秀吉の数少ない一門衆の一人として賤ヶ岳の戦い・雑賀攻め・四国征伐などで活躍。嫡男鶴松を失った秀吉の養子となり、関白職を継ぐ。しかし、再び実子秀頼が生まれた秀吉に疎まれ、賜死。

*19:徳川初代将軍。太政大臣。父松平広忠、母於大の方。今川家の青年武将として頭角を顕すも、桶狭間の戦いを期に独立、信長と清洲同盟を結び今川武田両家と相対した。本能寺の変後は信長後継の座を秀吉と争うも、小牧・長久手の戦いを経て臣従。五大老の筆頭として豊臣政権でも重きを成した。秀吉死後、関ヶ原の戦い・大坂の役により対抗勢力を駆逐し、江戸幕府250年の泰平の基礎を築いた。

*20:越前国敦賀の大名。刑部少輔。父吉房、母東殿。秀吉に小姓として仕え、賤ヶ岳の戦いで戦功を挙げ、敦賀五万石の大名となる。文禄・慶長の役では石田三成と共に全軍の指揮相談役となり友情を結ぶ。癩病の進行により諸役免除となっていたが、関ヶ原の戦いでは石田三成に呼応し西軍に参加し、戦死した。

*21:伊予国和気の大名。父武田信重。号:瑤甫。竺雲恵心に師事し東福寺臨済禅を学ぶ。師と毛利隆元とも親交が縁で安芸安国寺の住持に招聘され、毛利家の外交僧として活躍。秀吉の高松城攻めの和議使を務めた縁で、豊臣政権下で累進し大名僧となる。関ヶ原の戦いでは首謀者の一人として毛利輝元を西軍総大将に擁立するも敗死。