脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『人物叢書 一条天皇』

痛いニュース(ノ∀`) : 「中道」全11ブロック 公明出身者を上位優遇 - ライブドアブログ
さあ祭りの始まりです。これから約2週間全力で楽しませてもらいます。にしても、公明党はこの時点で大勝利確定って凄まじいなあ。


 宿酔い防止の裏技を発見!とってもも簡単なことで「痛飲した日は寝る前にラーメンを喰ってから寝る」です。効果てきめんなので皆さんも是非お試しを・・・。我ながら自殺志願者なんだろうかこいつは。

日々好きが募る!尊すぎるでしょ・・・困っちゃうなあ

一条天皇
 天元三(980)~寛弘八(1011)年。在位:寛和二(986)~寛弘八(1011)年。円融天皇*1の第一皇子、母は東三条院詮子*2。諱:懐仁。
 984立太子、'86践祚藤原氏の全盛時代に在位し、1011.6三条天皇*3に譲位した。初め藤原定子*4を皇后とし999敦康親王*5が生まれたが、1000藤原彰子(上東門院)*6中宮に立ち、敦成(後一条天皇*7・敦良(後朱雀天皇*8親王が生れている。日記『一条天皇宸記』を著したが、伝本はない。(『新潮日本人名辞典』より引用)


 摂関政治と宮中文学の全盛期の天皇一条帝の伝記を読んでみました。歴史の徒として恥ずかしながら道長の傀儡ってイメージしかなかったお方なんですが、実際読み進めてみると、長徳の変を主導してたり、道長バチバチやりあってたりとかなり主体的な行動が多くて意外。もちろん枕草子とかで描かれた定子サロンの描写もふんだんで、一条帝の定子さまラブっぷりが伝わってきます。そら清少納言もうっきうきで筆が進むわと。他にも、望月に至る前の実権は掌握しながらもまだまだ好き勝手出来ずに色々画策する道長のグヌヌ顔とか、兼家から道長へとバトンが渡されるまで間の一種の政治的空白記をゴッドマザーとして君臨した詮子とか、一条帝と道長の間に挟まって貧乏籤引きまくりな行成とか、周辺人物も実に魅力的。『光る君へ』でクローズアップされたとは言えまだまだマイナーな平安貴族の世界を堪能する為にも是非ご一読を。

あ~ずっともっと推し事させてっね?

 いや~このあたりの藤原北家内のドロドロの内部抗争とかたまりませんよねと。イデオロギーを異にする「外敵」とのバチバチの戦争もいいのですが、最終目標や利害関係は共有しつつも方向性や手法で争う派閥争いの方が牧歌的で味わい深くていいよなあと。そうかそれで俺は自民党が大好きなんだと改めて。という訳で当ブログは高市政権と自民党を熱烈応援しておりますのでよろしくお願いいたします。


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*1:第64代天皇。諱は守平。父村上天皇、母藤原安子。安和の変を経て即位。皇后選定に伴い岳父の藤原兼家と対立。息子の一条天皇即位後は院政を志向し、外祖父として摂政となった兼家と引き続き主導権争いを演じた。

*2:円融天皇女御。父藤原兼家、母藤原時姫。子に一条天皇。一条朝では皇太后として朝政に介入。弟道長を後援し後の彼の望月の天下の礎を築いた。

*3:第67代天皇。諱は居貞。父冷泉天皇、母藤原超子。兼家の後援により従弟の一条天皇東宮となる。一条帝死後即位し親政を志向するも自身の孫の皇太子敦成親王の早期即位を願う道長との対立に苦しんだ。

*4:一条天皇中宮。父道隆、母高内侍。子に脩子内親王敦康親王・媄子内親王

*5:式部卿。一品。父一条天皇、母藤原定子一条天皇の長男として将来を嘱望されるも外戚たる中関白家は失脚しており、道長を外祖父とする異母弟敦成親王に皇太子の座を譲ることとなった。

*6:一条天皇中宮。父道長、母源倫子。子に後一条天皇後朱雀天皇

*7:第68代天皇。父一条天皇、母上東門院。外祖父の藤原道長を摂政として傀儡に終始。摂関政治の全盛期を現出した。

*8:第69代天皇。父一条天皇、母上東門院。岳父の藤原頼通を関白として傀儡に終始。晩年は荘園整理を企図するも頓挫。