脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『織田信長合戦全録~桶狭間から本能寺まで~』

環境少女のグレタちゃん、列車の床に座った写真をSNSに投稿し私大変アピール→ドイツ鉄道にファーストクラスに乗っていた事をバラされてしまうwwwwwwwwww:ハムスター速報
言ってることは間違ってないんだけど言い方が死ぬほど間違ってる典型。世界はもうすでに、あなたのような聖人君子の顔した詐欺師に散々痛い目にあわされて学習しちゃってますからね。


 理事長先生がインフルでダウン。潜伏期間考えると自分もそこそこ濃厚接触してたんですけど大丈夫だろうなこれ。


DQⅪS進捗

  • 霊水の洞くつ探索中。称号:れんけい愛好家。

織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)

織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)

僕と君の場所がすぐ近くになった様な気に少しなれんだ

織田信長
 天文三(1534)~天正十('82)年。戦国大名。幼名:吉法師、通称:三郎、仮名:上総介。官職:弾正忠・参議・権大納言・右近衛大将内大臣・右大臣。贈従一位太政大臣尾張勝幡城織田信秀*1二男。
 1551父信秀死去により家督継承。'59尾張を統一し、'67美濃斎藤領国を接収。'68足利義昭*2を供奉して上洛。以後将軍義昭のもとで畿内統一を図るが次第に対立。'73.7義昭を追放し、'73.8浅井・朝倉両氏を滅ぼす。この頃より伊達・安東氏ら東国諸大名から鷹などの進物、音信を受けるようになる。'74長島一機、'75越前一向一揆を討伐。'75.5長篠合戦にて武田氏を破り、東国政策を積極化。反北条方の北関東諸氏が誼を通じるようになる。'75.11嫡子信忠*3家督を譲与し、'76.2安土城に移る。'76.8義昭主導による毛利輝元*4の斡旋により北条・武田・上杉氏の三和が成立しこれと対立。'77中国経略に着手し毛利氏と対峙。'78.4上杉謙信*5が没すると三和が瓦解して、'79.9北条氏から音信を受けるようになる。その後'80.3北条氏の従属化を果たしている。'80.閏3石山本願寺と講和し畿内をほぼ掌握する。'82.2甲信武田領に侵攻し駿河・甲斐・信濃・西上野を接収する。しかし、'82.6京都本能寺にて明智光秀*6の離反による襲撃を受けて自刃。四十九歳。法謚総見院泰巌安公。
 中央での政治的地位を獲得し畿内隣国の領国化を進め、流通経済政策などを展開するが、実質的には戦国大名権力を脱却できずに、信長の死をもって占領領国は瓦解する。しかし、織田権力を基盤として、羽柴秀吉*7により統一政権が樹立されることになる。(『戦国人名辞典』より引用)


 信長語るならまずこの人の本読んでから!の谷口克広氏の労作。副題に相違して稲生の戦いを始めとする尾張統一戦争期の合戦もきちんと対象にして、本題に恥じない信長の合戦の記録を網羅したものとなっております。それぞれの合戦の紹介も時代背景、信長相手方双方の思惑、統一過程における意義を丁寧に一次史料をふんだんに使って詳述されており文句のつけようのない完成度。あえて難癖付けるなら網羅的過ぎて物語としての流れをつかむのが難しいことくらいでしょうか。新書という限られた紙幅という制限もあり、最低限の予習は必要な一冊ですが、信長の理解には必要不可欠な一冊です。刀剣乱舞やなんかに影響されてこの時代をテーマにした創作する予定の方はぜひ座右の書にどうぞ。

気持ちが不安定なんだ君がいないと

 日本人は本当に信長が好きだなあと改めて。歴史に興味のない人でも桶狭間長篠本能寺くらいは普通に知ってるんだからその知名度のほどが知れます。普段既得権益にがんじがらめで身動き取れないからこそ既成の秩序の擾乱者に憧れるんでしょうね。閉塞感の漂う現代日本、今こそ令和の信長の登場が待ち望まれてる気がします。但し、山本・立花、おめーらはダメだ。

君の声で 君のすべてで・・・

君の声で 君のすべてで・・・

  • アーティスト:SURFACE
  • 出版社/メーカー: マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 1999/11/17
  • メディア: CD

SURFACE / 君の声で 君のすべてで

帰ってきた今日の一行知識

手取川の戦いはなかった

信長公記とかにも載ってなくて、一次史料も謙信の書状が一枚残ってるのみみたいですね。きっと誰かが二次創作で盛りに盛った設定作ったのが公式になっちゃったんでしょうね。探せばこういうのもっと沢山ありそうだなあ

*1:尾張戦国大名三河守。父信定。母含笑院殿。尾張の南半に勢力を張り、津島・熱田を支配し得た経済力を背景に朝廷に接近。松平・今川・斎藤各氏との抗争を繰り返した。

*2:室町第15代将軍。権大納言。父義晴、母慶寿院、養父近衛尚通。旧名:義秋。兄義輝の暗殺に伴い亡命し、織田信長に擁立され将軍就任。信長の天下布武の方針に反発し信長包囲網を斡旋するも各個撃破され室町幕府は崩壊。毛利氏の庇護の下鞆に亡命政府を樹立し第二次信長包囲網を実現させるなど織田政権と角逐し続けた。続く豊臣政権には臣従し准三后の待遇を受けた。

*3:岐阜の戦国大名左近衛中将。母久庵慶珠。岐阜城主として対武田氏の最前線で活躍。父信長から家督を譲り受け甲州征伐にて怨敵武田氏を滅ぼすも本能寺の変にて横死。

*4:安芸の大名。権中納言。父隆元、母尾崎局。両川の輔弼により中国地方に祖父元就から受け継いだ巨大版図を経営。本能寺の変後早くから秀吉に帰順し豊臣政権では五大老として重きをなす。秀吉死後関ヶ原の戦いでは西軍の総大将となり防長二か国に減封。

*5:輝虎。第29代関東管領弾正少弼。父長尾為景、母青岩院、養父長尾晴景上杉憲政。旧名:景虎→政虎。家臣団に擁立され兄晴景を逐って家督継承。上杉憲政から関東管領職を継承し、関東平定を目指し後北条氏と角逐するも南の武田氏西の本願寺との抗争もあって果たせず。第二次信長包囲網に呼応し上京を目指すも志半ばに病死。

*6:近江坂本城々主。日向守。父明智光綱、母お牧の方、養父明智光安。本姓:惟任。足利義昭を信長に紹介した功で織田家に仕官。京都経営などに辣腕を発揮し織田四天王の筆頭に数えられるほどに重用される。本能寺の変を起こし政権簒奪を図るも人心収攬に失敗し山崎の戦いで敗死。

*7:関白。太政大臣。父木下弥右衛門、母大政所、養父:近衛前久。本姓:藤原→豊臣。織田信長に草履取りとして仕え、その才を愛され累進。美濃および近江攻略における調略に辣腕を発揮し織田四天王に数えられるなど重用される。本能寺の変後は山崎・賤ヶ岳・小牧・長久手の各戦いに勝利し、豊臣政権を樹立。全国統一に成功するも朝鮮出兵の失敗により人心は離反し幼い我が子秀頼の行く末を案じつつ病死。