脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『決断の代償~ブレアのイラク戦争』

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 都心にお出かけしてたら小川町での車輛点検に起因するダイヤ崩壊に巻き込まれえらい目に。だから東京は嫌いなんだ。とは言え、ギリギリ座れない程度の混雑よりはすし詰めの満員電車の方がストレス少ない気がするのは私だけでしょうか。


競馬成績・・・H31収支-25870

SRWT進捗

決断の代償 ブレアのイラク戦争

決断の代償 ブレアのイラク戦争

With shadows I spend it all My heart and I have decided To end it all

トニー=ブレア Tony Blair
 西暦1953年~。政治家、JPモルガン・チェース非常勤顧問、元・英国首相、元・労働党党首。国籍:英国。ロージアン州エディンバラ出身。本名:Anthony Charles Lynton Blair。オックスフォード大学卒業(1976)
 1975英国労働党入党。法廷弁護士を経て、'83下院議員に初当選。影の内閣で'84-'87蔵相、'87-'88貿易産業相、'88エネルギー相、'89-'92雇用相、'92-'94内相を歴任。'94.7ジョン=スミス*1党首の死去に伴い労働党党首となる。'97総選挙で400議席を超す大勝利をあげ、'97.5メージャー*2首相の47歳を抜き20世紀最年少の43歳で首相に就任。'98.4北アイルランド紛争ををめぐる英国・アイルランド間の和平合意文書に署名。'98.12.17-19イラクフセイン*3政権が国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)の査察を拒否したことへの制裁措置として、米国と共にイラクに対して軍事攻撃を行う。2000.10北朝鮮との国交樹立方針を表明。'01.6総選挙で労働党が圧勝し再任。'01.9米国で同時多発テロが発生すると、その直後から国際テロと戦う方針を鮮明にし、'01.10に行われた米国のアフガニスタン空爆にも参加。'03.3開戦のイラク戦争では米国の武力行使を支持し参戦。'05.5の総選挙では議席数を大きく減らしながらも労働党史上初の3期連続勝利を達成、首相3選を決める。'0.5.7.7スコットランドで主要国首脳会議(G8サミット)を開催中、ロンドン中心部で地下鉄などが爆破される同時多発テロが発生、討議を中座して対応にあたった。'07.6首相辞任。下院議員も辞職。以後、中東和平のための4者協議の特使を務める。'07.12カトリックに改宗。'08.1米銀最大手のJPモルガン・チェースの非常勤顧問となる。著書に『New Britain:My Vision of a Young Country』(1996)、『The Third Way』('98)がある。夫人*4も弁護士。'98来日。(『現代外国人名録2012』より引用)


 イギリスのイラク戦争参戦の意志決定はどのようになされたのかを丹念な取材で描いた労作。ダウニング・テンがどのような機関でどのような性格を持つのかの教科書にも最適。取り敢えずは、「アメリカと共同歩調を取ってフセイン政権を打倒する」の結論ありきでそこに向かってかなりの無理をさせられるブレアが不憫でなりません。大量破壊兵器保有フセインのブラフだったって結論を知った後知恵の目からするとなおさら。またブレアが強靭な意志で国民を引っ張るタフなリーダーとして有能なもんだからたちが悪い。あれよあれとという間にアカン方向へ爆走していきます。という訳で、自業自得の小ブッシュはほっとくにしてもイラク狂騒曲で一番ババ引いた哀れな青年宰相の悲哀をご堪能あれ。これ見ると小泉はかなりうまく立ち回ってたんだなあ。

I live with are numberless Little white flowers

 ブッシュ・シラク・ブレア、そして我らがジュンイチロー。この時代の宰相連は華と実力兼ね備えたタレント揃いだったんだなあと改めて。やっぱり政治家っつーかリーダーは華があってなんぼですね。安倍首相はそこだけが不満なんだよなあ。

「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」?JOSH’S BLAIR WITCH MIX

「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」?JOSH’S BLAIR WITCH MIX


Josh's Blair Witch Mix - 01 - Lydia Lunch - Gloomy Sunday

帰ってきた今日の一行知識

ロンドンには600万台の監視カメラがあり普通に生活していると1日約300回カメラに映る

ブレア時代に成立した反テロ法の余波みたいですね。パヨクどもよ監視社会ってのはこういうのを言うんだ。

*1:John Smith。キャラハン内閣貿易相。弁護士として活躍したのちその弁舌を活かして下院議員に転身。労働党に入党し、スコットランドウェールズへの自治権限移譲を推進するなどして累進、党首まで上り詰めるも首相戴冠の志半ばに病死。

*2:Sir John Major。イギリス第72代首相。父アブラハム=トマス=ベル、母グウェンドリン=ミニー。サッチャー政権下で財務大臣として活躍、彼女の後を襲い首相就任。親米・改革路線を堅持しつつも穏健な中道政治を行うも、「理念なき政治家」と揶揄され支持率は低迷。相次ぐ閣僚スキャンダルや狂牛病問題に苦悶する中ブレア旋風に敗北し下野。

*3:صدام حسين。イラク共和国第三共和政第2代大統領。父フセイン・アブドゥル=マジード、母スブハ・タルファーフ、養父イブラーヒーム・ハサン。バアス党の実行部隊として活躍。7月17日革命で頭角を顕し、バクル大統領の後を襲い大統領就任。当初は親米政権としてイラン・イラク戦争を戦い、民主化を進展させるも、クウェート侵攻がアメリカの逆鱗に触れ湾岸戦争で敗北。その後は瀬戸際外交で政権の命脈を保つも、9.11で強硬となったアメリカの方針を読み違いイラク戦争を招き敗死。

*4:Cherie Blair。王室顧問弁護士。父トニー=ブース、母ゲイル=スミス。子にユアン・レオ他。ファーストレディとして夫のブレアを支えるも「シェリーゲート」などのスキャンダルも噂された。