脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

黒田実家襲撃とサマーウォーズと高台院について

ニート経験した奴だけが分かること - ニコニコ2ちゃんねる
ジャンプの発売日と深夜番組だけが心の拠り所。内P・ぷっすまQさま銭金くりぃむナントカ・アメトーク。いい時代でした。


 旅行管理者試験何とか終了。全く自信はありませんが、取りあえず一安心。


競馬進捗・・・H28収支-27260

SRWOGMD進捗

  • 2周目第26話「ジュア=ム激進」ラマリス駆逐完了。トップエース:カルヴィナ=クーランジュ@ベルゼルート。

沈黙を破るのは言葉じゃない

黒田+実家+襲撃

2007-10-21
2006-10-17
2006-10-10

黒田博樹
 昭和五十('75)年〜。大阪府大阪市出身。185㎝93㎏。右投右打。
上宮高校(1990-'92)→専修大学('93-'96)→広島東洋カープ('97-2007)→ロサンゼルス・ドジャース('08-'11)→ニューヨーク・ヤンキース('12-'15)→広島東洋カープ('15〜)
 プレーだけでなく、言動の一つ一つがファンの耳目を集める唯一無二の存在。40歳で迎えた昨季も防御率2.55は'06の1.85に次ぐ数字で衰えは皆無だった。日米通算200勝まで7勝。(『2016プロ野球オール写真選手名鑑』より引用)
NPB通算成績:試合297先発270勝利114敗北97セーブ1投球回1870被安打1864被本塁打190与四球474奪三振1363防御率3.59FIP3.61
'15成績:試合26先発26勝利11敗北8投球回169.2被安打158被本塁打8与四球29奪三振106防御率2.55FIP2.75
受賞歴

実家
1、自分の生れた家。父母の家。
2、婚姻または養子縁組によって他家に入った者から元の家をいう称。「家」制度の廃止により法律上は廃語となった。さと。
(『広辞苑 第五版』より引用)

襲撃
 敵を不意に攻撃すること。(『広辞苑 第五版』より引用)

 ミスター「男気」黒田博樹ですが、2006年のストーブリーグではFAで阪神入団の飛ばし記事が世を席巻しておりました。在阪マスコミとしては、大阪出身かつ父親が元南海=阪神ファンという短絡的かつ自己中心的な公式から「黒田は阪神に来たがっている」という希望的観測を記事にしたのでしょうが、広島ファンにとっては黒田の巨人・阪神嫌いは有名だったのです。黒田の父親譲りのアンチ巨人ぶりはカープファンならずとも知らぬ人は少ないでしょうが、阪神嫌いは意外としられていないのではないでしょうか。その原因となったと思われる事件が、標題の「阪神ファン黒田実家襲撃事件」です。広島人の特権たるお正月のカープ特番で佐々岡が暴露したこの事件。詳細は不明ですが、佐々岡の証言やネットでの噂をまとめると、「黒田が阪神戦で完封勝利を納めたある日、暴徒化した一部の阪神ファンが当時まだ大阪にあった黒田の両親宅を襲撃し、ガレージを破壊した。その結果、黒田は両親を広島に呼び寄せる羽目になった」といったもののようです。結果、当然と言えば当然の如くその年は阪神なんぞはなも引っかけずに広島残留。翌年メジャー挑戦で昨年まさかの「男気」カープ復帰したのは皆さんご存知の通り。あの時の恩に報いるためにも今年は悲願の日本一を勝ち取りたいものです。

サマーウォーズ+放映

2010-08-13

サマーウォーズ
監督:細田守*1、アニメーション制作:マッドハウス、製作:サマーウォーズ製作委員会
脚本:奥寺佐渡*2、キャラクターデザイン:貞本義行*3、音楽:松本晃彦*4
メインキャスト
小磯健二:神木隆之介*5、篠原夏希:桜庭ななみ*6、陣内栄:富司純子*7、池沢佳主馬:谷村美月*8、陣内侘助斎藤歩*9

放映
 映画フィルムをテレビで放送すること。また、一般にテレビ放送を行うこと。(『広辞苑 第五版』より引用)

 現在『君の名は。』で大ブレイク中の新海誠と並んでポスト宮崎駿の双璧とも讃えられる細田守氏の作品。『時をかける少女』だけの一発屋ではないことを満天下に証明した記念碑的作品と言えるのではないでしょうか。
 その公開は早7年前の2009年8月1日。翌年夏(2010.8.6)にはテレビ放映されますが、全131分のうち50分もカットされるかなりひどい編集だったようで、ファンの怒りを招いております。因みに去年(2015.7.3)にも同年夏公開の『バケモノの子』の番宣もかねて再放送されました。このまま、宮崎アニメのように夏休みのアニメ映画再放映の定番になれるといいですね。

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豊臣秀吉の妻ねね+美人

2010-01-03

高台院
 天文十七(1548)〜寛永元(1624)年。戦国・安土桃山時代豊臣秀吉の糟糠の妻。杉原助左衛門定利*10の娘。母は杉原七郎兵衛家利の娘*11尾張国出身。本名:弥・豊臣吉子、法名高台院湖月心公。
 14歳のとき26歳の秀吉に嫁し、秀吉の立身とともに、1585従三位北政所と称され、'88准三后従一位。秀吉の没後、落飾して高台院と称し、京都三本木に幽居。1605徳川家康*12とはかり、助力を得て高台寺を建立。大坂城落城・豊臣氏滅亡後も、1万3千石を与えられて、静かな余生を送った。(『コンサイス日本人名事典 改訂新版』より引用)

豊臣秀吉
天文六(1537)〜慶長三(98) 年。織豊政権期の武将。関白・太政大臣。幼名日吉丸。初名木下藤吉郎、ついで羽柴秀吉と名乗る。父は尾張愛知郡中村の百姓弥右衛門*13。母は大政所(なか・天瑞院)*14
 遠江松下之綱*15、のち織田信長*16に仕え、清須(清洲)城割普請や美濃墨俣築城などの逸話を残す。信長入洛後京都の民政にあたり、浅井氏滅亡後、1573北近江12万石に封ぜられ、長浜城を築く。この頃から羽柴筑前守を称す。77.10から信長の命に従い中国経略を担当。版図を西に拡大するが、82.6本能寺の変の報に接し毛利輝元*17と和睦。山崎の合戦で明智光秀*18を倒す。清洲会議織田家臣団内の主導権を得たのち 83.4に柴田勝家*19を賤が岳の戦いに破り信長後継の座を不動にした。8月に大坂を本城と定めて大規模な築城を開始、84織田信雄*20徳川家康と小牧・長久手に戦う。局地戦には敗れるが戦局において勝利を得、両者と和睦、全国統一の地歩を固めた。官位も11月従三位権大納言、85.3に正二位内大臣、7月には従一位関白となる。更に86.12太政大臣への就任を機に豊臣姓を名乗る。87の九州平定、90の関東平定・奥州仕置によって国内統一を終え、この間全国規模で太閤検地を実施、石高制を基本とした知行体系や年貢徴収体勢を確立し、また刀狩令などによって兵農分離を推進した。92から「征明」を意図して大陸侵攻を開始(文禄の役)、自らも関白を辞して太閤を称し、渡海を前提に一時肥前名護屋城に陣す。96明使と引見したが講和不成立。慶長の役を起こすが、伏見城に没した。(『岩波日本史辞典』より引用)


1、配偶者の一方である異性。
 ア、結婚している男女間で互いに相手を呼ぶ称。男女どちらにもいう。また、第三者からいう場合もある。
 イ、転じて現在では、夫婦の一方としての女。
2、刺身や汁などのあしらいとして添える野菜・海藻などの称。また、主要なものを引き立てるために軽く添えるもの。
3、【建】
 ア、建物の長手方向のはし。棟と直角の壁面。
 イ、切妻や入母屋の側面の三角形の壁面。
(『広辞苑 第五版』より引用)

美人
1、顔・姿の美しい女。美女。佳人。麗人。美男子にいうこともある。
2、常に敬慕する君主または聖賢。
3、漢代の宮女の官名。
4、虹の異称。
(『広辞苑 第五版』より引用)


 良妻賢母の鑑のようなおねですが、その外見はどんなもんだったんでしょうか。個人的には『秀吉』の沢口靖子でヴィジュアル固定されているので、凛とした美人といった印象なのですが、実際には残ってる肖像画やエピソードを見る限り、量産型の豪放磊落な田舎のおばちゃんって風情だったようです。旦那の秀吉が、それとは逆な高貴な深窓の令嬢ばかりを狙って浮気を繰り返してるのがその傍証と言えるでしょう。因みに信長からおねに宛てた有名な書状「羽柴秀吉室杉原氏宛消息」で「最近頓に美しくなった」とか「禿鼠には勿体ない美貌」なんて褒めちぎられてますが、これは愛情深い気遣い屋の信長一流のリップサービスと解釈すべきでしょう。流石に、「お前さんは旦那の趣味のタイプじゃないから浮気されても仕方ない」とは書けんわなあ。

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千切れないこの絆の色

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帰って来た今日の一行知識

黒田博樹の父一博は元南海のV3戦士の一人
黒田の「男気」に鶴岡親分の熱血が間接的にも影響しているかと思うと胸熱ですね

*1:代表作:『時をかける少女』、『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』他。

*2:代表作:『八日目の蝉』、『学校の怪談』、『マエストロ!』他。

*3:代表作:『新世紀エヴァンゲリオン』・『時をかける少女』(キャラデザ)、『新世紀エヴァンゲリオン』(漫画)他。

*4:代表作:『踊る大捜査線』、『汚れた心』、『リターナー』他。

*5:アミューズ所属。代表作:稲生タダシ(『妖怪大戦争』)、前田涼也(『桐島、部活やめるってよ』)、桐山零(『3月のライオン』)(俳優)他。

*6:スウィートパワー所属。代表作:可音(『最後の忠臣蔵』)、仁科愛梨(『人狼ゲーム』)、今野水希(『リミット』)(女優)他。

*7:旧名:藤純子→寺島純子。代表作:矢野竜子(『緋牡丹博徒』)・静御前(『源義経』)(女優)、『3時のあなた』(司会)他。

*8:ホリエージェンシー所属。代表作:新名由希(『カナリア』)、穂瑞沙羅華(『神様のパズル』)、青山恵都(『キャットストリート』)(女優)他。

*9:城西国際大学メディア学部特別講師。ノックアウト所属。代表作:『逃げてゆくもの』・『冬のバイエル』(演出)、伊東甲子太郎(『壬生義士伝』)(俳優)他。

*10:当初は信長に仕えるも、婿の秀吉に立身に伴い秀吉の数少ない一門衆の一人として活躍した。

*11:朝日殿。杉原定利夫人。母静室院。子に高台院木下家定・長慶院・長生院。

*12:徳川初代将軍。太政大臣。父松平広忠、母於大の方。旧名:元信→元康。桶狭間の戦いを機に今川家より独立。織田信長との清州同盟を背景に今川義元亡き後の東海道に一大勢力を築く。本能寺の変後、羽柴秀吉と織田政権の後継を争うも、小牧・長久手の戦いにより臣従。豊臣政権では五大老の筆頭として重きを成す。秀吉死後、関ヶ原の戦いで三成を破り徳川幕府を開闢。その後、大坂の役で豊臣氏を滅ぼし江戸250年の太平の基礎を築いた。

*13:昌吉。織田信秀足軽組頭として活躍するも戦傷により帰農。出自や生業には異説が多い。

*14:木下弥右衛門→竹阿弥夫人。子に日秀尼・豊臣秀吉豊臣秀長・朝日姫。

*15:遠江久野藩初代藩主。石見守。父長則。頭陀城主として今川氏に臣従。今川氏滅亡後は一時徳川家康に仕えるも、過去の縁から秀吉に召し出された

*16:山城の戦国大名。右大臣。父信秀、母土田御前。「尾張の大うつけ」と揶揄される幼年期を過ごすも、弟信行との家督争いに勝利し、同族を駆逐し尾張統一を成し遂げた。桶狭間の戦いで虎口を逃れて以降は、美濃併呑・将軍義昭擁立など快進撃を続け近畿一円に勢力を伸張。二度に亙る信長包囲網も打ち破り天下布武を目前に迫るも本能寺の変にて横死。

*17:安芸の大名。権中納言。父隆元、母尾崎局。父隆元の夭折により家督継承も実権は祖父元就が握った。元就死後は叔父の吉川元春小早川隆景の輔弼により中国地方全域に亘る広大な版図を維持し織田信長と角逐。本能寺の変後は早くから秀吉に臣従し五大老として豊臣政権の中枢を担う。関ヶ原の戦いで西軍総大将として参戦し敗北した為、防長二ヵ国に逼塞した。

*18:惟任。亀山城々主。日向守。父明智光綱、母お牧の方、養父明智光安。最初朝倉氏に仕え、義昭と信長の会盟を斡旋。その功により信長に仕えた。比叡山焼討や京都経営で活躍し織田四天王の筆頭として累進するも、本能寺の変で謀反。信長弑逆には成功するも秀吉の中国大返しなどにより政権奪取には失敗し、山崎の戦いで敗死。

*19:北ノ庄城々主。修理亮。父勝義。当初は信行派として信長と対立するも後臣従。「瓶割り柴田」の異名をとる武勇で織田四天王の一角として活躍。本能寺の変後、織田政権運営の主導権を秀吉と争うも賤ヶ岳の戦いで敗死。

*20:大和宇陀松山藩初代藩主。内大臣。父織田信長、母生駒吉乃、養父北畠具房。旧名:具豊→信意。伊勢の名族北畠氏の名跡を継ぐも、生来の暗愚から信長には冷遇される。本能寺の変後、家康と提携により秀吉に挑戦し小牧・長久手の戦いを有利に進めるも家康に独断で降服。