脱積読宣言

日々の徒然に読んだ本の感想書いたり、カープの応援したり、小旅行記書いたりしてるブログです

『天切り松闇がたり』

http://www.kajisoku.com/archives/eid1042.html
さあさ、皆さんご一緒に。お前が言うな。


 待ってても浅田次郎の新刊は当分出そうにないので、書架からサルベージ。ほぼ同時期にまとめて出版する癖直してくれないかな。

叶わぬ願いはひとつぶの種 深い夜に埋める

 時は大正、帝都東京に花開くデモクラシーの新世界。世の闇を街灯が切り裂き、江戸前の人情も旧弊となじられる無粋な世に、江戸の昔の職人芸を今に伝える侠盗団が一組。明治の東京を牛耳った仕立屋銀次の一門でも最高の貫目を誇る抜け弁天の一党を率いるは「三社祭の御輿の前で うちの旦那に中抜きかけた 目細の安見いっけたァ♪」と童歌にすら歌われる天才掏摸師「目細の安」こと杉本安吉。そこに集うはいずれも劣らぬ怪物四人。「説教寅」こと強盗河野寅弥、玄の前の達人「振り袖おこん」こと沢之井こん、天切りの妙技を今に伝える「黄不動の栄治」、どん尻に控えしは百面相を使い分ける稀代の詐欺師「書生常」こと本多常次郎。ついでのオマケに、何の因果かその一門に弟子入りした村田松蔵。後に関東大震災と第二次大戦を生き延びて、昭和の世に「天切り松」の異名を轟かす「最後」の盗賊が、腐れ切った平成の世に言わずもがなの説教兼昔話を垂れ流す。「漢」すら無き世に最後の「侠」の美学はどんな輝きを放つのか。近くにあるは寄りて見よ、遠からんは音に聞け、「天切り松闇がたり」の始まり始まり。


 『きんぴか』『プリズンホテル』と続く浅田次郎ピカレスクロマンの最終形態。説明不要のぶっちぎりにかっこいい悪党どもの活躍に、調味料は人情・恋愛・武士の意地と何でもござれ。娯楽小説の王道を行くが如き名短編揃いです。特に主人公らの話す江戸弁は長州薩摩の田舎者に犯されたひ弱な東京弁なんぞ及びもしない美しさ。声に出して読みたくなること請け合いです。

『闇の花道』

天切り松 闇がたり 1 闇の花道

天切り松 闇がたり 1 闇の花道

「闇の花道」

おおいい子だ。理屈をこねずにそうやって私の言うことを聞いていれば、おまえはきっといつか日本一の盗っ人になれる。何が欲しい。天皇様のお宝か、名古屋城の金の鯱か、それとも山県元帥の金時計か―ああ、それはこのあいだ、おこんが持ってきたな。」by杉本安吉

 仕立屋銀次の留守を守り、帝都東京の盗賊を取りまとめる「目細の安」の一党に弟子入りした松蔵。彼が一味に馴染む間もなく、他の親分衆の裏切りに嫌気のさした抜け弁天の一味は独立を決意する。浮世の義理に加え、闇社会の仁義からすら自由になった彼等の活躍が今始まる。


 序章。良くも悪くもそれだけなのに読ませるのは流石です。連載の第一回としては最高の導入ではないでしょうか。

「槍の小輔」

見たか下種野郎。銭金なんざたちまち消えてなくなるが、山県有朋の金時計がぽちゃんと大川に落ちたとあっちゃあ―その音ァ、一生この振り袖おこんの胸に残らあね。」by沢之井こん

 うらみ連なる山県元帥に二度目の玄の前をかけんと試みる「振り袖おこん」。相手もさるもので、返り討ちに捕まったおこんの運命や如何に。

  • 被害者:陸軍元帥山県有朋公爵・・・戦利品:恩賜の金時計・五尺の手槍

 兄貴分の高杉晋作やライバルの伊藤博文に比べると今一影の薄い山県有朋の貫禄の映える一編。それと五寸に渡り合うおこん姉さんの艶やかさもみものです。

「百万石の甍」

おめえは今じゃたしかに日本一の夜盗だが、日本一の棟梁にならなかったおめえは大馬鹿野郎だ。」by杉本安吉

 大工の息子のはずの「黄不動の栄治」が実は天下の大建設会社「花清」の会長の御落胤!?今までの不義理を無視して後を告いでくれろとの横車。百万石の前田侯爵を仲立ちにの無理強いに栄治の出した答えとは。

 登場人物紹介第三弾。目細の安に振り袖おこんの次は黄不動の栄治の出番。いずれ劣らぬ抜け弁天の面子の中でも段違いで色っぽい栄治の活躍はまるで大見得切って花道を行く歌舞伎役者の如し。

「白縫花魁」

いいかやい、女を飯の種にするのァ同じでも、まさかきょう日のてめえらに、二万両の大裲襠を調えて、あちきが天下の太夫でありんすと道中させる度量はあるめえ。」by村田松蔵

 ひょんなことで吉原の大籬「左文字楼」の坊ちゃんと友人になった松蔵。そのつてを辿り、ろくでなしの親父に売られた姉を探すために、吉原に潜入した彼の前を通る花魁道中に見慣れた姉の顔が・・・


 残り二人をおっぽって、いきなり人情話に入ります。非常に綺麗な話ではありますが、わたしゃ湿っぽい話は苦手です。

「衣紋坂にて」

わかるかい、そんとき野郎が衣紋坂から振りけえる吉原は、なんともお名残り惜しい夢のお城にちげえあるめえ―」by村田松蔵

 前回の続き。盗っ人・女郎の境遇に分かたれた姉弟の再会なるか!?

  • 「虎大尽」山本唯三郎・・・五千円

 人情話は好きじゃないってば。

いつでも想いは変わることなく胸の奥にたたずむ

 歴史ものや人情ものばかりでとんと悪漢小説を書いてくれなくなった浅田次郎吉村貫一郎も椿山課長も素敵ですが、やはりピスケンや仲オジの男の色気には敵いません。世間や文壇の評価になんか惑わされずもう一度ぶっちぎりのピカレスクロマンに戻ってきてはくれないもんでしょうか。
闇の底からぬたぁっと起き上がってくるような、心の真髄を揺り動かすような見得をもう一度読みたいです。

今日の一行知識

船乗りの掛け声「ヨーソロー」は「宜しく候」の転訛。
最近では肉声での掛け声もとんと減って寂しい限りです。


Aristocracy

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