http://www.kajisoku.com/archives/eid285.html(18禁)
多少衝撃的な画像がありますが、トラウマ・PTSDになっても管理人は一切責任を負う気はサラサラありません。
埋めネタ。今宵の御題は「射精」「自民党総裁選+戦国史+大平+福田」「吉原」。
子作りしましょ!
[小ネタ]射精
射精
精液を射出すること。(『広辞苑 第五版』より引用)
です。前回の「トリニティ」で懲りたので、生物学的アプローチは最初から放棄して、文化的言語的アプローチをしてみたいと思います。
射精の語の初出は明治六(1873)年刊の『医語類聚』で「Insemination」の訳語に用いられたのが初め*1のようです。それ以前はどのような表現が用いられていたかですが、正直よく分かりません。少なくともそれのみを表す特定の単語はなかったようです。おそらく「精を漏らす」とか「吐く」とかの表現で代用していたのではないでしょうか。春画等を見ても、射精の瞬間を描写したものは殆どないので、そもそも興味関心がなかった可能性が高いです。
それが現在のように「BUKKAKE」=日本のAVとして世界に通用してしまうようなことになったのは何故なのでしょうか。ここからは完全な私見ですが、おそらく日本の局部描写規制が大きな役割を果たしているものと推測します。接合部分を直接描写することが不可能な為、クライマックスのフィニッシュシーンの刺激がどうしても物足りないものになってしまい、それを補う為、「顔射」という表現が多用され、それが定着してしまったが故の現状ではないでしょうか。角を矯めて牛を殺すの喩えの如く、過剰な規制が逆に正常な成長を歪める好例だと思うのですが、皆さんいかがお考えでしょうか。
- 作者: 小松奎文
- 出版社/メーカー: 文芸社
- 発売日: 2000/12
- メディア: 単行本
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
[政治]自民党+総裁選+戦国史+大平+福田
大平正芳
明治四十三(1910)〜昭和五十五(80)年。戦後の政治家。香川県生まれ。東京商大(一橋大)卒。大蔵省に入り、敗戦後1949池田蔵相の秘書官となって政界に入る。'52香川県から衆院議員に当選。'60第一次池田内閣で内閣官房長官。第二次・第三次池田内閣の外相を歴任、池田派直系として頭角を現す。'68第二次佐藤内閣の通産相をつとめ、'71前尾繁三郎から旧池田派を受け継いで、'72総裁選に出馬。田中角栄内閣で外相、蔵相、'74三木内閣で蔵相。'78首相。'80衆参ダブル選挙の選挙運動中に死去。
福田赳夫
明治三十八(1905)〜【平成七(1995)】年。戦後の政治家。群馬県生まれ。東大卒。大蔵省に入り、横浜税務署長、官房長、銀行局長を歴任。戦後1947片山内閣の栗栖赳夫蔵相のもとで主計局長としてインフレ化の予算編成をし、大蔵次官池田勇人とともに片山内閣を窮地に陥れた。'48昭電疑獄で収監され退官。のち政界入りして、'52以来群馬県から衆院議員に連続当選。日本民主党結成に参加し、政調会長に就任。'55保守合同後の自民党でも政調会長、幹事長を歴任。'59第二次岸内閣で農相。'60政調会長に再任。'65第一次佐藤内閣で蔵相、'66幹事長、'68第二次佐藤内閣の蔵相をつとめ、高度経済成長政策を推進。また'71沖縄返還協定の締結・批准の際には第三次佐藤内閣の外相としてアメリカとの折衝にあたる。'72.6総裁選で田中角栄に敗れた。'74三木内閣の副総理・経企庁長官。'76組閣し首相、'78退陣(以上二つ『コンサイス人名事典 改訂版』より引用。【】は管理人註)
今回は『実録 自民党戦国史』を底本に大平と福田の自民党総裁の座を巡る争いを取り上げてみます。
まず先に世に出たのは福田。上記の通りの経歴を経て、1960年頃に岸派の反池田分子を糾合。佐藤派に継ぐ第二派閥の長として田中角栄ともに佐藤内閣を支えます。一方の大平は池田の側近として頭角を現し、'64年には宏池会のトップの座をクーデターで前尾繁三郎の手から奪い取ります。
この二人の争いが顕在化するのは、'72年のポスト佐藤栄作の総裁選です。佐藤は兄岸信介の跡を継ぐ福田への禅譲を強く望んでいたようですが、長期政権下で派閥に掌握を完了した田中に阻まれ、結局総裁選が実施されることになりました。出馬を表明したのは田中角栄・福田赳夫・大平正芳・三木武夫(・中曽根康弘*2)の四名でしたが実質的には田中・福田の一騎打ち。下馬評では佐藤の支援を受けた福田有利でしたが、中曽根派を取り込み、大平と同盟を結んだ田中が大逆転。田中金権選挙の強さを見せ付けます。
田中失脚後には、福田・大平での後継争いが勃発しかけますが、両者ともに、血みどろの戦いをしてまで総裁を狙う覇気はなかったようで、椎名裁定ににより、第三勢力の三木が漁夫の利を得ます。続く「三木おろし」では両者の利害が一致し、「大福提携」と呼ばれる蜜月期に突入します。
しかし、ハト派筆頭の宏池会と今に続くタカ派の系譜の福田派の提携が長く続くはずもありません。福田派圧倒的な内閣支持率を背景に大福密約*3を反故にし、総裁再選を目指します。圧倒的な福田有利で始まった総裁選でしたが、福田憎しの思惑で田中派が大平を全面的に支援することを決めます。結果、竹下登や後藤田正晴らの活躍*4と莫大な資金を背景に予備選挙で大平が福田にまさかの圧勝。かねての「予備選に負けたものは本選に出馬すべきでない」との持論が仇になり、大平が総裁の座を射止めます。
大平政権下では「四十日抗争」とも呼ばれる深刻な主流派・反主流派の対立が起こりますが、田中派の全面支援により大平の首はつながります。そして続く'80年の「ハプニング解散」での選挙戦中に大平は急死し、十年の長きに亙る大福の争いに終止符が打たれました。
- 作者: 伊藤昌哉
- 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
- 発売日: 1982/08
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る
今日の一行知識
アオカンを漢字で書くと「青邯」
青は青空、邯は「邯鄲の夢」から。枕を交わすことを隠語で「邯鄲の夢」と呼んでいたようです。なんとも風雅な江戸時代らしい語源ですね。
- アーティスト: MOSAIC.WAV,金杉肇,柏森進,み~こ,小池雅也
- 出版社/メーカー: ランティス
- 発売日: 2006/10/25
- メディア: CD
- 購入: 1人 クリック: 80回
- この商品を含むブログ (110件) を見る