脱積読宣言

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『実録 自民党戦国史』

どう見ても失敗作?「萌えわかり!戦国時代ビジュアルガイド」 - アキバBlog
流石にそろそろ時代遅れな気が

 勝ったので通常更新。毎日書いてると枕のネタも尽きるんです。

自民党戦国史 (上) (朝日文庫)

自民党戦国史 (上) (朝日文庫)

言葉一つ通らない 加速していく背中に今は

 池田の秘書として辣腕を振るった作者伊藤昌哉は、池田の忘れ形見の宏池会の後見人として、大平政権の成立に深く携わった。誰よりも自民党を愛し、誰よりも自民党を知る男が裏から見た「三角大福」の真実とは。

 読みやすい耳障りのいいその分印象に残らない政治家のブレーンの鑑のような文章でした。内容自体は三角大福の争いを活写した内容の濃い文章なのでしょうが、いかんせん四半世紀前の本なので、読む前にある程度の予習は必須です。
 しかしながら読んでて思うのは、政治家の神頼みの酷さです。作者は金光教の熱心な信者で、政局の度に教祖にお伺いをたてているのが非常に不気味でなりません。日本の政治がこんなオカルトに支配されていたのかと思うと背筋に冷たいものが走ります。細木や江原のようなあからさまに胡散臭い詐欺師がのさばるのはここら辺に理由がありそうです。

せめてこの月明かりの下で 静かな眠りを

 時間と気力に余裕があるので、三角大福の抗争のまとめ。

佐藤→田中

 田中が佐藤派を襲うも、佐藤は福田後継を画策。田中・福田(オマケに大平・三木)の血で血を洗う総裁選の果て、田中が辛うじて勝利

田中→三木

 田中の失脚に伴い、福田VS大平の争いが本格化。椎名悦三郎が行事役をかってでるも、仲裁を名目にした総裁への野心*1が党内から総スカンを食らい撤退。「総裁は押されてなるもの」が持論の福田と田中の顔色を伺う大平が互いに譲った為、第三勢力の三木が漁夫の利。

三木→福田

 ロッキード事件関連で三木失脚。田中が椎名や中曽根を担いで策動するも、昭和の薩長同盟ともいわれる大福同盟がなり、福田が念願の首相へ。

福田→大平

 二年で政権を渡すとの密約を福田が破った為、大福は決裂。総裁公選へ。ようやく自身の総理復帰を諦めた田中が大平支援に回り、下馬評を覆し、大平が大勝利。

そんな格好悪さが生きるということなら

作者の願い空しく大平正芳は昭和五十五年の総選挙の最中に急死してしまいます。結果、大平の後は、三角大福の争いの中宏池会で田中の走狗として動き続けた鈴木善幸が、田中の全面支援を受け総裁の座につくのです。
 この後は、「田中曽根」と揶揄された中曽根内閣、自派閥の正統後継竹下内閣と続き、小泉内閣まで自民党を日本の政治を私し続けた田中派の支配が完成しました。 
 小泉首相の活躍により、田中派はほぼ駆逐されましたが、安倍内閣には残念ながら昔の派閥重視の臭いがぷんぷんします。平時には話し合いで全てを決める派閥均衡型の内閣が一番安定しているのでしょうが、今の日本はそんな悠長な政策決定が許されるほど甘い状況ではないでしょう。多少危険でも、独断専行の蛮勇を振るえる指導者が今求められているのだと私は思います。

 未だ功績の賛否両論定まらぬ小泉純一郎氏ですが、過去の政治家を見返すと、良かれ悪しかれ日本人には稀有な才能の持ち主だったと言っていいのではないでしょうか。一度彼のようにモノを言う華のある首相を知ってしまった私達は最早安倍氏のような凡庸なリーダーには物足りなさを感じてしまいます。願わくば次の首相には華と決断力のある人になって欲しいものです。

 註、しつこいようですが当サイトは麻生太郎氏を応援します。

今日の一行知識

宏池会の名前の由来は派閥の創始者「池」田とその出身地「広」島
会のトップが前尾繁三郎除く全員首相経験者*2なのが自慢の名門会派だったようですが、その血脈をつぐ丹羽雄哉古賀誠谷垣禎一加藤紘一麻生太郎らの命運はいかに。

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*1:椎名暫定政権の次の総理復帰を画策する田中が支援。

*2:池田勇人大平正芳鈴木善幸宮沢喜一